同社は明言しないが、モノリシックオシレーター小型化の鍵が、遅れ進みを調整するふたつの錘(おもり)である。普通の機械式時計は、緩急針を使ってヒゲゼンマイの長さを調整するか、テンワの慣性を変えて、時計の遅れ進みを調整する。
しかし、ヒゲゼンマイを持たないモノリシック オシレーターは、そもそも緩急針を採用できない。となれば、後者を選ぶしかないが、テンプの代わりとなるオシレーターは、割れやすいシリコン製なのである。慣性を調整するための錘は取り付けられない。そのため、かつてのシリコン製オシレーターは、慣性を変えるために、錘ではなく大きな可動式のブレードを組み込まざるを得なかった。大きなブレードを載せるには、オシレーター自体を大きくする必要がある。
スリムライン モノリシック マニュファクチュールでは、SSケースの他に18KRGケースも81本販売される。自動巻き(Cal.FC-810)。19石。28万8000振動/時。18KRG(直径40mm、厚さ11.38mm)。3気圧防水。世界限定81本。198万円(税込み)。11月発売予定。
対してモノリシック オシレーターには、重い棒状の錘(素材は非公表だがシリコンではない)が別部品として取り付けられた。そのため、オシレーターを大きくすることなく、慣性の調整が可能になったのだ。割れやすいシリコン素材に別部品を取り付けるのは極めて難しいが、なんとフレデリック・コンスタントは、それを実現してしまったのである。あるメーカーの技術者が「どうやって取り付けたのか分からない」と述べたのも納得だ。なお、2本の錘による精度調整の幅は1日約120秒。実用時計としては十分だろう。
このモノリシック オシレーターは、フレデリック・コンスタントとオランダのフレクサス社が共同開発したもの。この取り組みにより、フレクサス社はユニークなシリコンプレートの量産に成功しただけでなく、フレデリック・コンスタントが目指す「手の届きやすい価格」(コースラグ)をも実現した。新しいモノリシック オシレーターを載せたスリムラインモノリシック マニュファクチュールの価格は、SSケースでアンダー60万円。極めて革新的な内容を考えれば、この値付けは極端に戦略的だ。
フレデリック・コンスタントの面白さは魅力的な価格に加えて、このオシレーターをベーシックなスリムラインのケースに収めたことにある。今までの調速脱進機(脱進機とテンプ)と全く異なる構造を持つモノリシック オシレーターは、そう言って差し支えなければ、機械式時計の歴史を約350年ぶりに塗り替える、革新的なメカニズムだ。他のメーカーならば、その新しさを強調するため、モダンなケースやデザインを与えたに違いない。
対してフレデリック・コンスタントは、この新型オシレーターを、あくまでも「普通」の時計に採用したのである。遠目から見ると、そのデザインはテンプを文字盤側に見せた「ハートビート」にそっくりだ。あえて普通を装ったのは、モノリシック オシレーターを普及させようとする、フレデリック・コンスタントの意志の表れではないか。
驚くべき未来を、手の届く価格とオーソドックスなパッケージにまとめてみせたスリムライン モノリシック マニュファクチュール。仮にこのオシレーターが普及したなら、機械式時計の在り方は、大きく変わっていくかもしれない。
コンパクトなオシレーターならでは 開発者が語る利点とは?
1981年、オランダ生まれ。クリエイティブ・アート・スクールを卒業後、エンジニア学校に入学。在学中、フレデリック・コンスタントの創業者であるピーター・C・スタースと出会い、自社製ムーブメントの開発に協力。2004年には自動巻きの「FC-910」を完成させた。卒業後はジュネーブに移住し、フレデリック・コンスタントのムーブメント開発を指揮する。
マスター・ウォッチメーカーとしてフレデリック・コンスタントの陣頭指揮を執るのが、ピム・コースラグだ。
「モノリシック オシレーター開発のアイデアは今から3年前に始まりました。オシレーターを普通のテンプやヒゲゼンマイと同サイズに収めたのは、4つの理由があるからです。まずは軽いほど衝撃に強くなること。そして慣性モーメントを小さくできる結果、弱いトルクでオシレーターを動かせること。また、DNAであるハートビートのデザインを踏襲できるうえ、価格を抑えられるのです。理論上、より高い精度を与えることは難しくありません。しかし、手の届くラグジュアリーを実現するため、あえて抑えています。またオシレーターは軽いうえ、対称の形状を持つほか、重心がちょうど真ん中に来るようになっています。その結果、姿勢差誤差も起こりにくくなっています」
スリムライン モノリシック マニュファクチュール 特設サイト
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