諏訪の御神渡りをダイアルに落とし込んだ、グランドセイコー「SBGY007」をレビュー

2022.04.21

主体的な時計選びをしてこそ辿り着く1本か

 グランドセイコーらしい優秀なスペックと神秘的なダイアルの組み合わせは、欠点らしい欠点がなく、万人に迎合されるものだろう。遠目にはシンプルなドレスウォッチだが、そのダイアルやムーブメントには、セイコーの歴史が紡いできた感性と技術が詰まっている。

 あえてネックとなる部分を挙げるとすれば、魅力的な選択肢の多い価格帯であることだろう。個性はあるものの決して派手なモデルではないため、購入を検討する際に他のモデルに目移りする可能性は大きい。それはグランドセイコーのラインナップの中でも、他のブランドであっても、である。更に、本作の真価を感じるためには、さまざまな環境下で変化するダイアルの表情を体感する必要があるだけに、時計店の照明だけでその魅力を知り尽くすことは難しい。

 さて、グランドセイコーに対して「ダイアルバリエーションが多すぎる」と思われる方はそこそこいるのではないかと思う。「雪白」や「白樺」、「岩手山」をはじめ、「床もみじ」、「シュカブラ」、「年輪」、「太陽の光芒」、「御射鹿池」「阿智村の星空」、「垂り雪」、「24節気」等々、そのバリエーションは枚挙に暇がない。ブランドとしても、それぞれに専用の金型や素材、生産工程を用意する必要があり、立ち上げからアフターサービスまで、その管理コストは馬鹿にならないはずである。では、なぜこんなにもバリエーションが多いのか。その理由は、グランドセイコーのフィロソフィである「THE NATURE OF TIME」が関係しているのではないだろうかと考える。

グランドセイコー 文字盤

「THE NATURE OF TIME」は、時のありのままの移ろいと、それを自然の中に見出す日本人ならではの感性と精神性、そして匠の技とプライドを表すものである。つまり豊富なバリエーションは、古来より日本人が持っている感性の繊細さを表しているのではないだろうか。

 では果たして、現代の我々はそのような感性を持ち続けることができているのだろうか。普段から自然に意識を向けることはまれであり、たまの休みに遠出をしても、せっかくの絶景を前にしてスマホで写真を撮って終わり、なんてことも珍しくないのではないだろうか。グランドセイコーのダイアルを見て、古き良き日本人としての感性を取り戻せと咤されているように感じた。

 また、グランドセイコーが本格的に海外展開をはじめて早数年。オーソドックスなダイアルだけではなく、このようなパターンダイアルも好評であると聞く。確かにパターン自体が高い審美性とオリジナリティを持っているため、魅力的に映るのは理解できる。ではそれに耳慣れない名前が付いていたらどうか。その意味を調べ、共感できなければ購入にまでは至らないのではないだろうか。つまり、グランドセイコーは、時計を媒介として日本人ならではの感性を海外に広め、それを受け入れさせるまでのことをやってのけているのである。バリエーションの多さは、世界に広めた日本の魅力の数とも言えるだろう。

 一転し、今度はマーケティングの話をしたい。コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が発見した「ジャムの法則」というものがある。ジャムの試食販売を行った際に、6種類と24種類のどちらを用意した方が成約につながるのかという実験を行い、種類の少ない前者の方が成約率が高かったというものである。

 つまり、吟味できないほどの選択肢があった場合には判断ができなくなってしまうということである。ジャムという消費財と時計のような高級消費財を一緒くたにすることはできないが、グランドセイコーの豊富なダイアルバリエーションは、消費者を迷わせてはいないだろうか。これはあくまでも私見だが、迷わせている。もっと言えば、意図的に迷わせているのではないかとすら思う。

 選ぶという行為には、サイコロでも振らない限り当事者の意思が込められる。数あるモデルの中から1本を選び抜くために、その外観に惚れ、ストーリーに共感するという過程を通じてこそ、満足のいく結果に到達できるのではないだろうか。これも筆者の個人的な感覚に過ぎないが、グランドセイコーの愛用者は所有するモデルに対する思い入れの強い人が多いように感じる。流行や知名度に任せて時計を選ぶのは簡単だ。しかしグランドセイコーは、そんな安易な考えを許さず、もっと自分に向き合えと語りかけてくる。もっとも、「もしかしたら今後、もっと気に入るモデルが出るかもしれない」という邪な考えによって、後に後悔した経験のある方も少なくないのかもしれない。

Contact info: グランドセイコー専用ダイヤル Tel.0120-302-617


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