軽量なシャシーを手に入れたスペシャルマシン
さまざまな仕様が存在するシーマスター ダイバー300Mの中でも、今回インプレッションするモデルは、いわばWRC(世界ラリー選手権)用に仕立てられたスペシャルマシンのような構成だ。外観はスタンダードモデルのケースとダイアルのデザインを踏襲しており、ひと目見ただけではステンレスティールにブラックDLCを施したものと見分けがつかないだろう。しかしその実態は、ケースはセラミックス製であり、非常に軽量かつ耐傷性に優れたスペシャル仕様である。
アクティブなシーンを想定するツールウォッチでは、時計の動きも激しくなるので軽量化の重要度が高くなる。このことから、ツールウォッチの軽量化は恒久的な命題のひとつであると言って良いだろう。この点はラリーカーをはじめとしたレーシングカーと通ずる。
今作のヘッド部分の重量は90gを切っている。その軽量さによって腕の動きを邪魔しにくく、時計の暴れも抑えられて不快感も生じにくい。今作を着用すると軽量さが時計の着用感の良さに直結することを再認識する。
ダイアルやインデックス、時分秒針は、シリーズを通して統一されたデザインが与えられているように見えるが、詳しく観察するとモデルごとに細かな差異がある。多くのモデルが、「Seamaster」のロゴと秒針(全体あるいは先端)にレッドを採用しているのに対し、本作はブラックのセラミックケースと呼応するように全体がモノトーンでまとめられている。この選択による差異は非常に細かいものであるが、これが本作のストイックさを表現していると考えると、その効果は想像よりも大きいと感じる。
筆者が本作の例えに使ったラリー用のスペシャルマシンには、スペシャルなエンジンが与えられるのがほとんどだ。では本作はどうか。Cal.8806をはじめとしたコーアクシャル脱進機を搭載するムーブメントは現在のオメガの屋台骨を支えるものであり、スタンダードモデルにも広く搭載されるものだ。しかしその内容は、スペシャルなエンジンにも匹敵すると筆者は考えている。
なお、コーアクシャル脱進機については、ここでは割愛するので別記事を参照いただきたい。
https://www.webchronos.net/features/42265/
Cal.8806は、現代社会では必須となった耐磁性能を1万5000ガウスという超ハイレベルで実現しており、高効率なコーアクシャル脱進機を搭載する。そして、これを現在のオメガの規模で(しかもさも当然のように)量産しているのである。加えて、ムーブメント状態でC.O.S.Cを取得し、そのムーブメントをケースに搭載後に、さらに厳しいマスター クロノメーター基準のテストを行っている。このような生産体制は、製造技術面でもクオリティーコントロール面でも、並大抵のことではない。言い換えれば、現在のオメガの商品群、特にマスタークロノメーターモデルは、どれを選んでもスペシャルな内容である。
Cal.8806は性能が高いだけでなく使い心地も良質である。リュウズの引き出しには明確なクリック感がありつつスムースな感触で操作感が良い。時間調整も程よいトルクがあって遊びも少なく好ましい。時計が止まった状態でローターが回るように少し振ってやると直ちに起動し、着用時間が短い割には長く稼働し続けると感じた。巻き上げ効率が高いのか、ムーブメント全体の稼働効率が高いのか、あるいはその両方か、実用性が高いのは確かである。
唯一気になったことといえば、ローターの回転音が比較的大きいことだ。しかし、これも静かな環境で耳を澄ませば聞こえるレベルであり、日常生活で気になることはほとんどないだろう。本作の場合は、セラミックケースの音の伝導が良いのかもしれないので、購入を検討するモデルで手に取って確認することを推奨したい。