カール F.ブヘラのクロノグラフウォッチ、「マネロ フライバック」をレビューする。古典的なデザインをモダンに再構築した本作は、長年に亘ってスイス時計業界を支えてきた、同ブランドならではの審美眼が光る1本だ。
クラシカルな意匠を満載した「マネロ フライバック」。ダイアルの要素はバランスよく配置され、大型ケースに調和したモダンクラシックなデザインに仕上がっている。自動巻き(Cal.CFB1970)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径43mm、厚さ14.45mm)。3気圧防水。107万8000円(税込み)。
Text and Photographs by Tsubasa Nojima
2022年10月25日掲載記事
老舗時計宝飾店をルーツとする、カール F.ブヘラ
今回レビューを行うモデルは、カール F.ブヘラのクラシカルなクロノグラフウォッチ、「マネロ フライバック」だ。カール F.ブヘラ自体は2001年に誕生した、比較的新しいブランドであるものの、そのルーツは1888年にスイスのルツェルンで開店した、時計宝飾店ブヘラにさかのぼる。
その後、1919年よりオリジナルウォッチの製造を開始し、婦人用のブレスレットウォッチ、クロノグラフやワールドタイマーをはじめとする多種多様な時計を発表してきた。2001年にカール F.ブヘラとしてのブランドをスタートさせ、後に自社製ムーブメントの開発に着手。現在では、外周式のペリフェラルローターやミニッツリピーター、トゥールビヨン等のコンプリケーションウォッチを多数ラインナップするまでに成長した。
同社の時計に共通するのは、伝統と革新を兼ね備えている点であろう。そのバックグラウンドには、100年以上にも亘る期間、販売店というエンドユーザーに最も近い立場でスイスの時計業界を見守ってきた経験と、時計製造を通じて磨き上げてきた技術がある。クラシックなデザインのモデルが多くラインナップする中、そのどれもが単なる懐古調ではなく、ひと目でカール F.ブヘラの時計であることが分かる個性を持っているのは、長年の経験に裏打ちされた再構築力が成せることだろう。
付加モジュールによるフライバック クロノグラフ
「マネロ フライバック」は、2016年に登場したモデルだ。直径43mmのケースを備えた、ツーカウンタータイプのフライバック機能付きのクロノグラフであり、「マネロ」コレクションに属している。ラテン語の“manuria(手で動かすもの)”に由来するこのコレクションは、モダンクラシックを基調とした、エレガントなデザインが特徴だ。発表以来、着々とバリエーションを増やし、ブルーやグリーンのカラーダイアル、貴金属ケースを採用したモデルがラインナップしている。
ムーブメントは、キャリバーETA 7750のジェネリックとして知られるセリタのキャリバーSW500をベースとして、ラ・ジュー・ペレ社のフライバッククロノグラフモジュールを追加している。パワーリザーブは約42時間と物足りなさを感じるものの、信頼性の高いベースムーブメントは、複雑機構を搭載した本作にとっては安心材料でもある。
現代的なサイズに再構築された古典的なデザイン
それではレビューに入りたい。「マネロ フライバック」は恐らく、古典的なクロノグラフに、現代的なスペックとサイズを与えるという試みの結果ではないだろうか。直径43mmのケースはなかなかに迫力がある。クロノグラフを搭載したモデルとしては特段大きすぎるという程ではないが、シンプルなベゼルを有しているためにダイアル自体の直径が大きく、そのように印象付けられるのだろう。
一方で、デザインは一貫してクラシカルだ。そのディテールは、機械式時計黄金期に生み出された高級クロノグラフの数々を思わせる。しかし、当時のクロノグラフと言えば、ケースの直径は35mmから38mm程度が主流である。その雰囲気を大きく損ねることなく大型のケースに収めるためには、並々ならぬ調整を要したに違いない。
まずはダイアルから確認していこう。ダイアルはブラックというよりは、トープカラーに近い。サンレイ仕上げが施されており、ドレッシーな雰囲気だ。サブダイアルは、3時位置に30分積算計、9時位置にスモールセコンドを備えている。いずれもシルバーカラーにレコード状の溝が施されており、光を乱反射させることで視認性を高めている。6時位置の小窓には、デイトが表示されている。横目のツーカウンタークロノグラフとしては最もオーソドックスな位置であり、シンメトリーなレイアウトが視覚的にも安定したバランスを生んでいる。
アプライドインデックスはクラシカルなくさび型。12時位置にはふたつ分のインデックスを置くことで、時刻の読み取りやすさを高めている。ドーフィン型の時分針は、中央が切り抜かれており、インデックスと針は共に夜光を使用していない。暗所での視認性を飛躍的に高める夜光塗料を使用していないのは、本作をドレッシーなモデルとして位置付けているということだろう。センターのクロノグラフ秒針は、深い赤に彩られている。ダイアル外周のタキメーターに沿った円と、6時位置にプリントされた“FLYBACK”の文字も同色を採用しており、機能と表示を対応させている。細かな部分だが、カラーリングを単なるデザインに留めず、意味を持たせていることに好感が持てる。もちろん、インデックスや針、印字はどれもシャープに仕上がっている。
そのダイアルを覆っているのが、ドーム型のサファイアクリスタルだ。アンティークウォッチに見られるプラスティック風防の趣をそのままに、高い耐傷性を兼ね備えたドームサファイアクリスタルは、レトロ調の現行モデルを中心に採用が進んでいる。しかし、丸みを与えることで強度を確保していたプラスティック風防とは異なり、サファイアクリスタルには、わざわざドーム状に成形する実用上の理由はない。加えて、成形には多軸CNCを必要とするため、フラットなサファイアクリスタルよりも多くのコストがかかってしまう。しかしながら、クラシカルなダイアルをより魅力的に見せる影の主役として、本作のドームサファイアクリスタルは不可欠なものであったに違いない。また、クリスタルの縁が歪んで見えるため、視覚的にダイアルと風防との距離が近く見えるというメリットもある。
ケースは、ダイアルを包み込むような柔らかなラインを描き、ラグに向けて絞りこまれている。ラグ幅は22mmあるため、ラグそのものは細身になっているが、上面をサテン仕上げとしているために華奢な印象はない。すっきりとさせつつも大柄なケースに負けない力強さを残している。
ケースサイドは、完全な鏡面に磨き上げられている。全体の厚さは14.45mm。ベゼルやドームサファイアクリスタルが多少の厚みを持つにせよ、裏蓋はかなり薄く、厚みの大半はミドルケースに寄っている。従って、否が応でも視線はその鏡面に吸い寄せられてしまう。試しに雑誌を映してみたところ、その文字はまるで鏡のようにクリアにケースへ映りこんだ。筆者は、高級時計(高額時計ではない)を“高級”たらしめる要素の一例として、正確な計時機能をはじめとした実用面の他に、装飾品としてふさわしい審美性があると考えているが、その意味では本作は紛れもなく高級時計ではないかと思う。
大型のリュウズを挟むように取り付けられているのが、クロノグラフ用のプッシャーだ。細い軸と頭の部分で構成される、いわゆるポンプ型だ。これもクラシカルな意匠のひとつであろう。頭の部分は角を落としてあり、指のかかりが滑らかになっている。本作はフライバック機能付きのクロノグラフであるため、2時位置のプッシャーでスタートとストップ、4時位置のボタンでリセットとフライバックの操作を行うことができる。
シースルーの裏蓋からは、ムーブメントを鑑賞することが可能だ。ムーブメントは汎用機をベースにしているため、カール F.ブヘラ得意のペリフェラルローターではないが、コート・ド・ジュネーブ仕上げが施されたセンターローターや受け、ブルーのコラムホイールを楽しむことができる。同社の自社製ムーブメントに見られる幾何学的な受けの形状は、本作にも踏襲されている。あくまで3気圧防水だが、スクリューバックである点はうれしい。
ストラップは、珍しいクーズーレザー製。クーズーとは、アフリカに生息するウシ科の動物だ。ヴィンテージな風合いを持つ強くしなやかな革は、さまざまな革製品に用いられている。色のムラや自然な傷とシワが、時計全体のクラシカルな印象を更に高め、パンチング加工がさりげない個性を添えている。最厚部の実測で約6mmと、ケースに負けないボリュームがある。
両開き式のフォールディングバックルが装着されているため、着脱時の革へのダメージと、脱落の危険性が少ない。このバックルは、尾錠と同様にツク棒が存在するため、閉じた状態ではまるで尾錠のように見えることも、全体のデザインに調和していて良い。開く際には、まず12時側をプッシュボタンで解除し、次に勘合式となっている6時側を引っ張り上げる。その勘合部にはセラミックボールがセットされているため、滑らかに着脱できる上に、経年による磨耗も少ないだろう。
低重心がもたらす優れた着用感
それでは実際に装着してみよう。筆者の腕周りは約16.5cmと、決して大きくはないが、それでもきちんと腕に収まった。参考に、ケースの縦は実測値で約53mmあり、やはりそれなりに大きい。しかし装着感は優れており、腕を動かしても時計が暴れるような感触はなかった。これにはいくつかの理由があると考えられる。
まずは、ラグが腕に沿うように湾曲していることだ。これによってラグ穴と腕の距離が縮まり、安定性を増している。薄い裏蓋によって重心が低くなっていることも、安定性を生んでいるだろう。また、肉厚で幅の広いストラップは確実に腕を包み込み、がっちりとホールドしてくれる。バックルのプレートが手首の内側にフィットすることも、装着感の向上に寄与している。
フォールディングバックルは、着脱の容易さであれば三つ折れ式の方が優れているが、プレートが長く片側に寄りやすいため、装着感を高めるためには、片側を極端に短くした専用のストラップが必要となる。対して、両開き式では着脱が多少煩雑であるものの、プレートが手首の中央付近に収まるため、装着感に優れる。
視認性は意外にも高い。サンレイ仕上げを施したニュアンスカラ―のダイアルと、夜光やホワイトが入っていないインデックスの組み合わせは、光の当たり具合によってはインデックスがダイアルに埋没し、視認性を損ねてしまう。しかし、本作では多面カットされたくさび型のインデックスが、どの角度であっても光を捉え、埋没するようなことはなかった。加えて、時分針中央のくり抜きも視認性を高めている。各針がインデックスまできちんと届いていることも、付け加えておきたい。
クロノグラフの操作感も上々だ。2時位置のプッシャーは軽く、ベースムーブメントが“ボツッ”という感触だとしたら、本作は“カチッ”といった具合だ。4時位置のプッシャーは、誤作動防止のためか少し重めに設定されているが、意図したタイミングできちんと止めることができる。
フライバックも確実に作動する。通常のクロノグラフでは禁忌とされる操作のため、多少の後ろめたさを感じてしまうが、計測中に4時位置のプッシャーを押下すると、クロノグラフ針がゼロに戻り、瞬時に再計測を始める。クロノグラフを使用して実感したのは、インダイアルの読み取りやすさだ。ダイアル自体が大型のため、積算計の目盛りが余裕を持ってプリントされており、1分1分を容易に識別することができる。
リュウズは、1段引きでデイトの早送り、2段引きで時刻調整を行うことができる。それぞれの操作は滑らかで違和感もなかったが、あえて気になった点を挙げるとすれば、リュウズの引き出しにくさだろうか。リュウズは、ケースに向かってくびれることもなく、かつケースとリュウズとのクリアランスがあまりないため、爪を引っ掛けて引き出そうとすると少し苦労してしまう。
パワーリザーブ約42時間と、現行モデルとしては決して長くはないため、複数の時計を使い回している方の場合は、自ずとリュウズに触れる機会も多くなるだろう。円錐型や玉ねぎ型リューズの採用、またはローレット加工を施す等、掴みやすさを高める工夫があるとうれしいが、全体のデザインとのバランスを考えると調整は容易ではなさそうだ。
より万人向きな40mmケースも新たに登場
「マネロ フライバック」は、クラシカルなデザインを特徴とするものの、単なる復刻モデルではなく、古典的な意匠をベースに構成された現代的なモデルであった。大型のケースは、表示が煩雑になりがちなクロノグラフに高い視認性をもたらし、磨き上げられた鏡面をより魅力的に見せている。各部の作り込みは高級時計としてふさわしく、操作感も同様だ。
もっとも、本作は老若男女問わず使いやすいモデルという訳ではない。細腕な男性や女性にとっては、やはりその大きさがネックになってしまうだろう。そんな声を受けてか、同社は今年、サイズダウンした「マネロ フライバック 40mm」を発表した。デザインはほとんど変わらず、特にダイアルに至ってはそのまま縮小したかのような印象を受けるほどだ。「マネロ フライバック」が気になるがサイズ感に懸念を抱いている方は、40mmモデルも一緒に検討することをお勧めしたい。
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