マニュファクチュールの成熟がもたらした“チーム・ジュルヌ”の一体感

2023.04.18

年産1000本以内という規模ながら、ユニークさと質で名声を得るのがF.P.ジュルヌである。2023年、創業から24年を迎えたスモールメゾンが成功を収めた理由は、もちろん創業者のフランソワ-ポール・ジュルヌ本人にある。しかし、チームの一体感も見逃せない要素だ。

F.P.ジュルヌ

奥山栄一、三田村優:写真 Photographs by Eiichi Okuyama (Astronomic Souveraine), Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


質の向上の背景にあったのは、新技術の採用とチームワーク

フランソワ-ポール・ジュルヌ

F.P.ジュルヌ創業者のフランソワ-ポール・ジュルヌ。1957年、フランス生まれ。現代を代表する独立時計師のひとり。77年に時計の修復を始める。82年、自身初のトゥールビヨン付き懐中時計を製作。89年、ヴィアネイ・ハルターらと共にムーブメントの開発・製造を手掛けるTHA社を創業。96年、オリジナルムーブメントの開発に着手し、99年に自身の名を冠したブランドを創設。初のスヴラン・コレクションより「トゥールビヨン・スヴラン」を発表した。

 1999年に創業されたF.P.ジュルヌは、スモールメゾンとしては例外的に、マニュファクチュールを指向していた。理由は“数”ではなく“質”のため。創業者のフランソワ-ポール・ジュルヌはこう語った。

「時計の質にはふたつの意味がある。ひとつは機能、ひとつは外観だ。時計の機能に制限があってはいけない。しかし、外装には制限がある。質を上げようと思えば、いくらでも上げられるが、価格も跳ね上がってしまうからだ。つまり良質な外装であっても、理にかなった価格を満たさなければならない」

 以前も、F.P.ジュルヌの質は良かった。しかし、この10年で、さらに改善されたように思う。「10年ほど前に会社の経営を任せるようになった。時計を製造し、設計をしながら会社を運営するのは大変だ。私は時計作りのほうに長けているから、そちらに専念しようと思った。2012年から、現CEOのアメリーに会社の経営を委ねたよ。よく運営されていると思っている」

 彼はこう加えた。

「以前も時計の質は良かったと思っている。2006年には『グランソヌリ』を、08年には『サンティグラフ・スヴラン』を作ったしね。ただし、以降は仕上げの分野で働く人が増えた。かつて私たちは、時々こういった作業を外注していたが、質は良くなかった。だから私たちは社内でできるだけのことをしようと思っている。製造はあくまでプロセスのひとつでしかない。デコレーション、例えば面取りなども加えなければならないしね」

サンティグラフ・スヴラン、オクタ・パーペチュアルカレンダー、トゥールビヨン・スヴラン、クロノメーター・レゾナンス、クロノメーター・スヴラン

F.P.ジュルヌは、これまでに限定モデルをリリースしてきた。右から「サンティグラフ・スヴラン」(2016年)、「オクタ・パーペチュアルカレンダー」(2009年)、「トゥールビヨン・スヴラン」(2007年)、「クロノメーター・レゾナンス」(2006年)、「クロノメーター・スヴラン」(2005年)。なお、ジュルヌ曰く、「F.P.ジュルヌ最後の限定モデルは東京限定にする」とのこと。

 質がさらに向上した理由は、会社の経営を委ねたことだけに限らない。もうひとつは、ジュルヌ本人にある。彼は、他社の時計も見ないし、リサーチもしないが、相変わらず、新しい色や新素材、新技術の採用に積極的だ。彼が例に挙げたのは、「クロノメーター・ブルー」のタンタル素材である。

「2007年に、ある顧客が他にはない時計を欲しがった。文字盤はブルーで、少し透明な仕上げを持つもの。そこでクロノメーター・ブルーのアイデアが浮かんだ。しかし、文字盤の色を考えると、プラチナやステンレススティールのケースは合わないと思った。そこで(友人の)フランシスに電話して、ブルーのメタルを探してくれと頼んだ。見つけてくれたのはタンタルだった。すごくマッチするが、作業は不可能だと思う、とフランシスには言われたけどね」

 しかし、F.P.ジュルヌのチームはこの難しい素材を最終的にケースに仕立てることに成功した。

「すでに38mmや40mmといったケースサイズは存在していた。しかし、あえてタンタルは39mmだけにした。複数のケースを作るのは大変だったからね」

 もうひとつサンプルに挙げたのは、リキッドセラミック(!)と外装に使われたレーザーである。液体状のセラミックは、おそらくF.P.ジュルヌ以外で採用された例がない。

「これは『エレガント』でテストしたものだ。レーザーはムーブメントには向かないが、外装には使える。金属を燃焼させて蒸発させるものだから、数ミクロンの厚みが出る。将来的には分からないが、今のところは外装に使っている。当初は、レーザーで彫ったケースにラバーを充填していたが、気泡が入ってしまう。研削をするにしても2回は繰り返せない。そこでフランシスがリキッドセラミックを見つけてくれた」。ジュルヌの考え方は極めてシンプルだ。

アストロノミック・スヴラン

アストロノミック・スヴラン
F.P.ジュルヌが作り上げた金字塔。2019年に「オンリーウォッチ」オークションで発表されたユニークピースを量産化したモデル。ジュルヌの息子であるシャルルの落書きから着想を得て、6年もの期間を掛けて具現化された。ルモントワール機構が付いた60秒トゥールビヨンとミニッツリピーターに加えて、恒星時と分、ふたつのタイムゾーン、ムーンフェイズ、アニュアルカレンダー、均時差、日の出・日の入りの時刻表示を備える。なお、すべての調整は3段引きのリュウズで行える。ムーブメントにはブラックポリッシュ仕上げが多用された。手巻き(Cal.1619)。68石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径44mm、厚さ13.8mm)。95万スイスフラン(税抜き)。

「私は作りたいもののために、新しい技術などを選んでいるだけだよ。最新の工作機械を導入しているが、これは7年から8年に一度、必ず入れ替えるものだしね」

 質の上がったもうひとつの、そして最も大きな理由がチームワークだ。現在、ジュルヌは基本的なアイデアを考えて、解決を現場に任せるようになった。しかも、ある担当者によると、ジュルヌに新しいアイデアを持って行くと喜ばれるという。強面の印象が強いジュルヌだが、スタッフからの信頼はかなり厚い。

「ああ、私は特化した人には任せるようにしている。例えば、機械の作業をする人は、私よりもその分野を知っている。文字盤製造もそうだね。私は現場の人たちとよく話すし、時々はアイデアも出すが、作業するのはあくまでも彼らだ。文字盤作りを例に挙げれば、私はデザインし、どんな感じに仕上げるかを指示する。例えば色などをね。だが、作るのは現場の人だよ」

 フランソワ-ポール・ジュルヌの天才ぶりは、今さら言うまでもない。しかし、今のF.P.ジュルヌで見るべきは、彼のアイデアを具現化する工房と、スタッフのチームワークではないか。ジュルヌはこう語る。

「質を良くするためにスタッフを叩き上げたわけじゃない(笑)。時計作りにはチームワークがないと無理だよ。1775年、パリのシテ島に工房を立ち上げたアブラアン-ルイ・ブレゲだって、30人のスタッフを抱えていた。彼は決してひとりではなかったのだよ」

F.P.ジュルヌの工房

腕利きが揃うF.P.ジュルヌの工房でも、アストロノミック・スヴランを組み立てられるのは2名のみ。彼らほど、F.P.ジュルヌの進化を体感している人たちはいないのかもしれない。「素材や作業の水準がさらに良くなったことは、部品の精度や仕上げで実感できる」とのこと。アストロノミック・スヴランをもたらしたのは“チーム・ジュルヌ”の成熟だったのである。



Contact info: F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931


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