2005年創業の文字盤工房であるカドラニエ・ジュネーブ。F.P.ジュルヌがいち早く文字盤の内製化に踏み切った理由は「年産500本のメーカーに文字盤を作ってくれるメーカーがなかったため」。以降、同社はペイントと電解メッキのノウハウを蓄積し、世界でも屈指の文字盤工房となった。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]
新しい環境でさらなる進化を遂げた世界最高の文字盤工房
2022年末から稼働するようになったF.P.ジュルヌのカドラニエ・ジュネーブとボワティエ・ジュネーブの新工房。移転した理由のひとつは、自社で物件を持ちたかったため。しかし、それ以上に切実な理由があった。
フランソワ-ポール・ジュルヌはこう語る。「以前の工房は、夏暑く、冬は寒かった。そのため文字盤に施すラッカーの質が安定しなかった。またメッキ文字盤には、20℃〜25、26℃以内でないと色が出ないものもある。こういうものも作りにくかった」。つまり、F.P.ジュルヌの強みである文字盤をさらに良くするため、新しい建物に工房を移転させた、というわけだ。
同社が極めて良質な文字盤を作ることができる理由には、文字盤の平滑さがある。文字盤の素材となる金、洋銀、銀や真鍮などは、基本的にバキューム(!)によってジグに固定される。厚さ0.2mm以下は接着とのことだが、文字盤の厚さは普通0.4〜0.5mm程度と考えれば、ほぼバキューム固定と考えていい。ジグに対して素材を精密に固定することで、カドラニエは文字盤を高い精度で加工できるようになった。
「クロノメーター・スヴラン」をベースに、タンタル製のケースと、磨き上げたクロムブルー文字盤が与えられたモデル。現在はカルト的な人気を誇る。手巻き(Cal.1304)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約56時間。タンタルケース(直径39mm、厚さ8.6mm)。30m防水。630万800円(税込み)。
まず見せてくれたのは「クロノメーター・ブルー」のクロムブルー文字盤である。鏡面に光るブルーの文字盤は、平滑な固定があればこそ。洋銀のブランクをジグにバキューム固定で吸い付け、3回の下処理と1回の最終処理で完全な鏡面に仕上げていく。メッキ仕上げと思いきや、ただ磨くだけだという。
その後、ブルーの半透明ラッカーを吹き付け、乾燥させた後、鏡面に仕上げていく。粒子の細かいラップフィルムで仕上げるのではなく、表面を滑らかにするためだけに使う、とのこと。最終的な仕上げは、ガラスに研磨剤を塗り、そこに文字盤を押し付けて磨いていく。なるほど、数を作れないのも納得だ。
ラインスポーツ・コレクションに使われる夜光のインデックスも、カドラニエの個性を示すものだ。型打ちした夜光塗料をサプライヤーから購入していると思っていたが、これも自社製とのこと。金型にシリコンを充填した後、紫外線で硬化処理をし、厚さ0.2mmの夜光インデックスを成形していく。金型も、それぞれのモデルに合わせて1枚ずつ作るというから、かなりの手間だ。
あえて凝った手法を選んだ理由は「プリントだと夜光インデックスの平滑面が出ないため」。モデルごとに金型を用意するのは、各モデルで文字盤の表面が微妙に違うためだという。手間の代償として、ラインスポーツ・コレクションの夜光インデックスは際立った平滑さを持つようになった。
冒頭で述べた通り、文字盤工房が移転した理由は、塗装とメッキの質を改善するためである。例えば電解メッキ。ラッカーよりも被膜を薄くできる半面、色が安定しにくい。同じプロセスで作業しても、薬剤のpH値や湿度などで発色が変わってしまうためだ。しかし、室温が常に20℃に保たれることで、メッキの質が安定するようになったとのこと。
現在、カドラニエ・ジュネーブでは、ブラック、シルバーマット、ブルーに加えて、マルーン、パープル(!)といった難しい色もメッキで出せるようになった。環境の改善により、今後は、さらに「難しい」色が出るかもしれない。
ジュルヌお得意の塗装ブースを見ると誰もいない。部屋の奥には数人が集まり、難しい顔で相談をしている。聞くと、新しい塗装機械をテスト中だという。
「クロノメーター・ブルーの文字盤を例に挙げると、表面には60ミクロンから100ミクロンのクリアを吹く。しかし作業者によって厚みが変わるという問題があった。新しい機械の導入により、今後、ラッカーの厚みは均一になるはずだ」。やはりここでも重視されるのは、あくまでも質というわけだ。
フランソワ-ポール・ジュルヌの意思を、チームで具現化する今のF.P.ジュルヌ。同社の時計が、ユニークさに加えて、驚くほどの質を実現したのも当然ではないか。
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