Case 1:Romain Gauthier
創業者本人と突き詰められる新興マイクロメゾンの強み
2005年の創業以来、独創的な機構と絶妙な仕上げで人気を博すスイスのローマン・ゴティエ。このブランドにパーソナライゼーションを依頼し、ふたつのモデルを手に入れた日本人がいる。発注者の細かな要望に可能な限り応え、理想を叶えるのも小規模ブランドならでは。デザインの検討から納品まで約2年を費やしたというプロセスは実に興味深い。
パテック フィリップやリシャール・ミルなどを所有するTさんが友人の時計コレクターを通じて知ったのがスイスの精鋭ブランド、ローマン・ゴティエだ。
ローマン・ゴティエは2005年に創業。ジュウ渓谷に工房を構え、独創的なムーブメント、高度な精密加工技術、卓越した仕上げで名を馳せてきた。小規模のメゾンながら、時計に精通した専門家や著名な高級時計ブランドから一目置かれる存在である。日本上陸から8年になるが、ブランド創業者で社主のローマン・ゴティエ自身も年1度のペースで来日し、日本の愛好家たちと親交を深めてきた。Tさんもカスタムでローマン・ゴティエの時計が作れたらと願うようになった。
Tさんが最初に「いいな」と思ったモデルは、ブランドの代表作として有名な「ロジカル・ワン」だった。だが、手に入れるなら「インサイト・マイクロローター・スケルトン」と決めた。それには大きな理由がある。ローマン・ゴティエのスケルトンウォッチは、SP、すなわちスペシャルオーダーでのみ作る特別な受注生産システムを採用しているからだ。スペシャルオーダーということは、カスタマイズに格好である。
Tさんはまず、日本の輸入代理店スイスプライムブランズを通じて「インサイト・マイクロローター・スケルトン」を発注し、パーソナライゼーションの要望をローマン・ゴティエに伝えることにした。
この「インサイト・マイクロローター・スケルトン」には、ケース素材がプラチナやゴールドの「ヘリテージ」コレクションと、チタンの「フリーダム」コレクションのふたつがある。さらにモデルによってチタン製ムーブメントの仕上げに違いがあり、地板と受け、面取り面がマットのものと、逆にハンドポリッシュ仕上げのものがある。いずれもケースとスケルトンムーブメントを組み合わせた際に最も効果的な美観が生まれるように計算されているのだ。
黒いケースを好むTさんに対して、ローマン・ゴティエから返ってきた最初の提案は、ブラックチタンケースを採用するモデル(図①)だ。ブランドが受注生産のひとつに掲げている同モデルの場合、チタン製ムーブメントの地板と受け、面取り面がマットで、ブラックPVDが施されている。
次にTさんはムーブメントのもうひとつの仕上げ、すなわちポリッシュ仕上げに興味があることをローマン・ゴティエに伝えた。これは、ブラックチタンではなく、ナチュラルチタンのケースなどに搭載されている仕上げである。それに応えて、ローマン・ゴティエから返ってきた提案2(図②)では、ケースがブラックチタン、ムーブメントの仕上げがポリッシュという、受注生産の通常の組み合わせにはないカスタマイズ仕様が提示された。
ところがここで終わらないのがTさん。提案2では、ムーブメントの仕上げがポリッシュに変わっても、マット仕上げと同じくブラックPVDコーティングが施されているので、このブラックPVDコーティングを施さない仕様を要望した。その理由がまた興味深い。現在30代半ばのTさんが50歳くらいになり、現在のブラックからナチュラルチタンに変更した場合を想定して、この仕様を要望したのだという。すると、10年以上も先にありうるかもしれないケース変更についても受け入れたローマン・ゴティエは、ナチュラルチタンケースに変えた場合のイメージ画像まで作成してきた(図③)。
こうしてTさん、輸入代理店、ローマン・ゴティエのやりとりは、文書や画像を通じて行われ、発注から仕様の決定までに約1年かかった。実際の製作にはさらに1年、合わせて2年を費やして完成に至った。Tさんは、仕様が決定すると、製作過程の途中で確認はしなかったそうだ。納品時に初めて目にしたときの感動を大切にしたかったからだ。
ところで、Tさんは「インサイト・マイクロローター・スケルトン」のパーソナライゼーションを進める中で、最初に気になっていた「ロジカル・ワン」についても、同じようにパーソナライゼーションを要望し、2本並行して作ることにした。仕様変更は「インサイト・マイクロローター・スケルトン」ではケースとムーブメントのマッチングを考慮したムーブメントの仕上げがテーマだったが、「ロジカル・ワン」の場合は、このモデルの最も特徴的で魅力的なフュゼチェーンを引き立てるためのケース仕上げにポイントが置かれた。
動力伝達を一定化するコンスタントフォースのために考案されたこの古典的なフュゼチェーン機構が時計の9時位置側に露わに見え、その姿はフェイスのビジュアルとしてもインパクトがある。Tさんは、この微細な鎖をルビーで精巧に連結したフュゼチェーンをもっとよく見えるようにしたいと思ったのだ。とはいえ、ムーブメントの構造自体を変更することはできない。では、どうしたらよいか?
そこで発案したのは、ケース内側を艶やかに磨くことだった。ミラーポリッシュにして光を反射させ、フュゼチェーンを照らすわけだ。ところが、ベースになったモデルのケース素材はチタンである。高い加工技術を誇るローマン・ゴティエであってもさすがにこのリクエストに対しては「ノー」と答えた。実際に「ロジカル・ワン」のチタンモデルでそのような仕上げ・仕様はなかったが、結局ミラーポリッシュに挑み、実現と相成った。他にも、ライトグレーの地板を「インサイト・マイクロローター・スケルトン」のナチュラルチタンに限りなく近付け、地板の表面はマット仕上げ、面取りはミラーポリッシュ仕上げにしてほしいといった要望も伝えた。
印象的なオフセンターダイアルは、ローマン・ゴティエ側から「インサイト・マイクロローター・スケルトン」のブラックダイアルとコントラストを成す白黒のペアにしてはどうかという提案があり、ホワイトを用いることになった。ちなみにこれらのダイアルは、18Kゴールドを用いたベースプレートに高温焼成のグランフー エナメルを施して仕上げたものだ。こうして「インサイト・マイクロローター・スケルトン」と「ロジカル・ワン」のパーソナライゼーションによる一種のペアウォッチが完成し、2022年にそろって納品された。
微妙といえば限りなく微妙な仕様変更だが、一見ベースモデルと同じように見えて、似て非なる「創作」に仕上げることこそがパーソナライゼーションの醍醐味と言えるだろう。顧客の要望を叶えるために辛抱強く取り組んだローマン・ゴティエもまた素晴らしい。世界でひとつ、自分仕様の時計はまさに分身だ。時計愛好家ならトライしたくなるだろう。(菅原茂)
https://www.webchronos.net/features/83243/
https://www.webchronos.net/features/83374/
https://www.webchronos.net/features/47577/