物語づくりに長けた、チューダーの巧まざる戦略!?
前述したように、初見で伝説の激レアピースの既視感にとらわれてしまったが、この新作が紛うことなきチューダーの「ブラックベイ GMT」であることは、時針と秒針、そして赤く着色されたGMT針の先端にスクエア型の「スノーフレーク」が3つもかたどられているため、一目瞭然だ。このスノーフレークは、1969年に登場したチューダー ダイバーズウォッチの象徴であり、今やすべての「ブラックベイ」に採り入れられているアイコンデザインだ。したがって、このモデルが「ブラックベイ GMT」であることは間違えようがない。
ただでさえ、人気が高いバーガンディ&ディープブルーベゼルの「ブラックベイ GMT」に、またひとつ人気が出ること間違いなしの注目の新作が登場したわけだが、搭載されるムーブメントは既存モデル同様、マニュファクチュール キャリバー MT5652であるため、その実用性は申し分ない。
パワーリザーブは約70時間を確保し、チューダーが言う「ウィークエンドプルーフ(週末耐性)」も十分だ。すなわち、金曜の夜に腕時計をはずして、たとえ置いたままにしておいても、月曜の朝、再び身に着けた際にまだ動いており、手巻きで主ゼンマイを巻き上げる必要がない。
加えて、時計の精度を司る、いわば心臓部と言えるテンプには耐磁性に優れるシリコン製のバランススプラングが採用され、さらに、そのテンプ自体も両側からがっちりとトラバーシングブリッジによって保持されているため、衝撃にも強い。精度面においても、腕時計として組み立てられた状態で日差が-2秒から+4秒の6秒の範囲内に収まるように調整されているため、常に正確な時刻を示してくれる。防水性も200m防水と、日常生活において、腕時計を着けたまま雨にぬれても、手を洗う際に、水道水が腕時計に跳ねてもまったく問題ない高い基準をクリアしている。
これだけのハイスペックと人気のデザイン、そして文字盤、ケース、ベゼル、ブレスレットなど、外装の作りも細部にまで行き届いたクォリティを備えながら、ステンレススティール製ブレスレットモデルで55万1100円(税込み)、ファブリックストラップモデルで51万400円(税込み)という価格は、もはや驚くほかない。問題点があるとすれば、ロレックスのプロフェッショナルモデルほどではないが、人気モデルの購入が困難なことだろうか?
注目すべきは、チューダーが2021年に、約3年に及ぶ建設期間を経て、スイスのル・ロックルに新工場を完成させたことだ。チューダーのムーブメントを製造するため、2016年に設立されたケニッシ マニュファクチュールとは物理的につながっているため、より効率的な開発・製造が可能になるだろう。もちろん、その主眼は質の向上にあるのだろうが、量的な改善も期待したいところだ。
もうひとつ、どうしても言及しておきたいのが、チューダーのリリースやオフィシャルサイトの新作「ブラックベイ GMT」オパラインダイアルモデルの説明ページに明記された次の一文だ。
「20世紀半ばの民間航空ブームを想起させるだけでなく、魅力的なオパラインダイアルは高い視認性を誇る」
(https://www.tudorwatch.com/ja/watch-family/black-bay-gmt)
この一文を見ると、どうしてもあの伝説の「アルビノモデル」を思い出してしまうのは、穿ちすぎた見方だろうか? こちらが勝手に妄想を膨らませているに過ぎないのは分かっているが、かつて一度、まったく同じ想いに駆られたことがある。同じくチューダーの「ブラックベイ P01」が発表された2019年のことだ。
実は、「ブラックベイ P01」の基になったプロトタイプも、2000年代初頭に現物を見たことがある。このプロトタイプに関しては、後にチューダーが、それを基に「ブラックベイ P01」という新作を発表していることから、結果的にその存在がチューダー自身によって認定されたわけだが、この実例を思い出すと、いくら姉妹ブランドの伝説・神話であると分かっていても、ますます妄想は膨らんでしまう。
差し詰め、「アルビノモデル」が異世界の話であるとするならば、今年発表された「ブラックベイ GMT」オパラインダイアルモデルは、偶然現れた現実世界への転生機といったところか。果たしてチューダーは、物語づくりに長けた、巧まざる戦略家なのだろうか?
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