ファーストから復刻まで連綿と続く超高級ムーブメントの長寿の秘密

2針のロイヤル オークが搭載する、Cal.2121。基本設計を1967年にさかのぼるこの自動巻きは、時計史に残る傑作ムーブメントのひとつである。現在の基準から見れば、決して高性能とは言えない。にもかかわらず、このムーブメントを超える自動巻きはいくつもないだろう。超高級機の設計を今に伝えるCal.2121。その存在は、初代ロイヤル オーク同様、時計史に燦然たる輝きを放ち続けている。

Cal.2121

Cal.2121(Cal.920)
ローターを外したCal.2121。手巻きを考慮したためか、丸穴車やコハゼはかなりしっかりしている。2番車と干渉するためか、ローター芯は極めてコンパクト。ローターの固定も、フックで引っかける簡単なものだ。スポーツウォッチには向かない設計だが、ロイヤル オークのラバー製インナーケースは耐衝撃性を大きく改善する。直径28mm、厚さ3.05mm。36石。1万9800振動/時。パワーリザーブ約40時間。フリースプラング。デイト早送り機構。
2121

ローターを付けた状態の2121。ローターに固定された「レール」に注目。2121の自動巻き機構は、耐久性に優れるが、巻き上げ効率の低いスイッチングロッカーである。効率を改善するために、レールが地板上のルビーベアリングを「滑る」。

 オーデマ ピゲのキャリバー2121は現行自動巻きムーブメントとして、掛け値なしに最高峰である。時計史を広く見渡しても、これに比肩する自動巻きムーブメントは、パテック フィリップの27-460と、ショパールのL.U.C 1.96しかないだろう。

 1967年、ジャガー・ルクルトはオーデマ ピゲとヴァシュロン・コンスタンタン向けに、極薄の2針自動巻き「キャリバー920」を開発した。供給を受けたオーデマ ピゲは2121系、ヴァシュロン・コンスタンタンは1120系と命名。後にパテック フィリップも920を改良した(地板を若干厚くした)キャリバー28-255Cを採用した。

 キャリバー920(2121系)とは何か。それを知るには、同年ジャガー・ルクルトが発表した自動巻き「キャリバー900(888)」と比較するのがよいだろう。これは、ジャガー・ルクルトやIWCなどが採用した、920の「弟分」である。

 920はデイト付きで、直径28㎜、厚さ3.05㎜。対する900はデイト付きで、直径28㎜、厚さは3.25㎜。また両者はスイッチングロッカー式による、両方向巻き上げ自動巻き機構を持っていた。設計者の名前は残っていないが、信頼できるソースに依れば、あるベルギー人とのことらしい。

 サイズと機構が酷似した920と900。しかし両者は大きく異なっていた。2番車をセンターに置く920に対して、900はオフセンターであった。そもそもローター芯と干渉するため、2番車センターのレイアウトは薄型自動巻きには向かないとされている。しかし、オーデマ ピゲとヴァシュロン・コンスタンタンは、オフセットした2番車に起こりがちな「針合わせ時の針飛び」を嫌ったのだろう。920が、薄型らしからぬ2番センターの配置を持つ理由である。

 対して900は2番車がオフセットしているため、自動巻きのローター芯と干渉しない。これは当時最新の設計であり、いかにも薄型ムーブメントらしいものだった。しかし代償として、900系と後継機である889系は「針飛び」に悩まされることとなる(最新の899系では解消済み)。

Cal.2121

Cal.2121の展開図。超高級機に相応しく、極めて複雑な地板を持っているのが分かる。薄型ながら、2番車をセンターに持つという設計が、2121に類を見ない個性を与えることとなった。

Cal.2121と2120の違いは、デイト表示の有無。地板の外周に設けた突起の内側に、モジュール化されたデイト表示(厚さ0.65mm)が置かれている。なお、2121のデイト表示は、早送りが可能。10時に針を戻した後12時に進めると、カレンダーの早送りができる。

文字盤側の構造。地板に切り欠きを設け、文字盤を留めるネジを横から差し込むようになっている。いかにも超高級機らしい設計だ。デイト表示自体はモジュール化されている。

 2番車をセンターに置くか否か。それが超高級機と実用機の違いであり、つまりは920と900の違いと言ってよい。ローター芯にスペースを割ける900は、実用機に相応しく5個のボールベアリングでローターを強固に固定できた。

 一方スペースに余裕がない920は、ローターを支える軸が細かったが、設計者はローターにスチール製の「レール」を設け、地板に置いた4つのルビーベアリング上を滑らせることで、ローター芯への負荷を分散させたのである。地板にルビーベアリングを置くのは、当時の「多石ウォッチ」が好んだギミックだった。しかしそれを実機能にまで昇華させた点、920の設計は類を見ない。ベルギー人の設計者は、柔軟な着眼点を持っていたのだろう。

 920と900の違いはまだある。一例が香箱の保持方法だ。900を含むほとんどのムーブメントは、香箱が受けと地板に挟まれている。対して920の香箱は、受けでしか支えられていない。つまり香箱が「宙づり」なのである。理由はある程度推測できる。設計者は、香箱の厚みを増やしてゼンマイのトルクを強めたかったのだろう(ゼンマイが厚いほどトルクが強まる)。ムーブメントが薄いため、地板は抜くしかないが、920は受けの肉厚を増やし、香箱の固定も強固にすることで薄さと強トルクを両立させた。

 オフセットした2番車を持つ実用機900と、センターの2番車を持つ超高級機の920。設計としては900の方が新しいし、賢い。しかし920は、コンベンショナルなレイアウトに固執しながらも、驚くべき薄さを実現した点で、いかにも超高級エボーシュであった。しかも地板にルビーベアリングを備えた点や、地板のサポートを持たない香箱など、設計はかなり斬新だったのである。