永久カレンダー搭載クロノグラフ
ヌーヴェル・レマニアが築いた一時代 [Cal.CH 27-70 Q]
1986年に登場したRef.3970は、エボーシュにレマニア2310を採用していた。
そもそも中堅機として設計されたこのエボーシュは、パテック フィリップの手で全面的に改良され、高級機にふさわしい完成度を持つに至っている。
その詳細を、永久カレンダー搭載クロノグラフ用のCal.CH 27-70 Qで見ることにしよう。
Ref.3970の第3世代機が、防水性能を強化した「E」である。基本的なスペックは、前ページのモデルに同じ。ただし文字盤の仕上げや長短針の形状が異なる他、裏蓋もトランスパレントバックに改められた(ソリッドバックもあり)。ムーブメントの仕上げもかなり良好だ。2004年製。個人蔵。
1985年まで製造されたRef.2499は、ベースムーブメントがバルジュー製のVZHC(=キャリバー72C)であった。なぜパテック フィリップはバルジューを選んだのか。直径が大きく、永久カレンダーを載せやすかったため、そして精度が出しやすかったためだろう。しかしバルジューは74年に手巻きクロノグラフの製造を中止。パテック フィリップは残った在庫を改良して、2499に載せたと聞く。
86年、パテック フィリップは新しい永久カレンダー搭載クロノグラフのRef.3970を発表した。このモデルチェンジに伴いエボーシュも一新され、バルジューからヌーヴェル・レマニアに変更されている。
42年初出のレマニア2310は、直径27㎜の小ぶりなムーブメントであった。手がけたのはレマニアを代表する名設計者のアルバート・ピゲ。記録によると「オメガはピゲに、直径27㎜のクロノグラフムーブメントを設計するよう依頼した」とある。小さいムーブメントを指定した理由は、当時普及しつつあった防水ケースに収めるためであったろう。
それから40年後の86年にも、このムーブメントはカタログに留まっていた。スウォッチの関係者が漏らしたように、2310の改良版である861が、スピードマスターに載っていたためである。完成度の高さも、このムーブメントが生きながらえた理由だ。
名手ピゲの手がけた傑作、2310。しかしその設計はあくまで中堅機であった(ただし30分積算計の送り爪が噛み合う深さを変えられるのは、高級機を意識したのだろう)。高級機にふさわしいムーブメントに改めるべく、パテック フィリップは2310に、全面的なモディファイを加えることになる。
パテック フィリップが狙ったのは、クロノグラフを確実に作動させることであった。具体的な改良点を列記したい。4番クロノグラフ車の挙動を安定させるため、その上にはさらにブリッジが重ねられた。またキャリングアームの支点も、その追加ブリッジに噛むように改められた。キャリングアーム(パテック フィリップでの名称はカップリングヨーク)の形状も変更され、ドライビングホイールとの噛み合わせを調整する押さえ金具が追加された。しかしこういった改良を加えると、キャリングアームが重くなる。対して同社は、コラムホイールの上にシャポー(帽子)を被せて、衝撃を受けてもキャリングアームがコラムホイールから外れないように改めた。バルジューの手法を転用しただけともいえるが、確実な動作のために入念な改良を積み重ねたのは、いかにもパテック フィリップである。もちろん緩急針は廃され、ジャイロマックステンプに改められた。
ヌーヴェル・レマニア製のエボーシュ、Cal.2310をブラッシュアップし、近代的な設計の永久カレンダーモジュールが加えられたCal.CH 27-70 Q。クロノグラフ部分の改良は、Ref.2499が搭載したバルジューに準じている。手巻き。23石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約60時間。
しかしベースムーブメント以上に前作と異なっていたのが、永久カレンダー機構である。設計の基となったのは、85年に発表された永久カレンダー自動巻きの240Qだ。
Ref.3970の発表に先立つこと9年、パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタン、エベル/ケレックの4社は、デュボア・デプラと複雑時計の開発に関する覚え書きを交わしている。
その背景は次のとおりだ。75年、スイスの工作機械メーカーが、ワイヤ放電加工機の開発に成功した。デュボア・デプラは当時最新鋭だったワイヤ放電加工機を購入、複雑機構の製造に用いた。この機械があれば、例えば永久カレンダーの48カ月カムやリピーター用のクシ歯は、かなり容易に製造できる。こうして誕生したのが、オーデマ ピゲの永久カレンダー(78年)であり、85年にリリースされた240Qであった。
2004年のバーゼルワールドで発表された、Ref.3970の後継機。直径は36mmから40mmに拡大、併せて文字盤の外周にはタキメーターが配された。Ref.3970と同じく、手巻きのCal.CH 27-70 Qを搭載する。古典の意匠と、時計としての実用性を両立した傑作である。18KYG。2.5気圧防水。生産終了モデル。
こうした経緯もあって、240Qの永久カレンダー機構は、オーデマ ピゲのそれに酷似していた。しかし最後発だけあって、例えばカレンダーの送りレバーが外れないようポストにネジ留めするなど、実用的な改良が施されていた。デュボア・デプラと共同開発したこれらの永久カレンダーモジュールは、いずれも近代的な設計に特徴があった。さらに最後発の240Qに関して言えば、ほぼ腕時計専用機といって良いほどに改良されていた。
この240Qをさらに改良したのが、3970の永久カレンダーモジュールである。ただし実際の設計に共通点はほとんどない。240QとCH 27-70 Qの最も大きな違いは、48カ月カムの位置だろう。240Qでは1時位置にあった48カ月カムが、CH 27-70 Qでは3時位置に移されている。写真を見ると、30分積算計の軸を取り巻くように、48カ月カムがはめ込まれているのが分かる。
設計変更の理由は、30分積算計と閏年の表示(これは48カ月カムの動きとリンクしている)を重ねるためだろう。しかしカムの位置を変えた結果、デュボア・デプラ製永久カレンダーの弱点であった、日送り車と48カ月カムを結ぶ作動レバーを短くすることができた。レバーが短くなれば慣性も小さくなる。その結果、衝撃を受けても、日送り車とレバーの噛み合いは外れにくくなった。また48カ月カムをモジュールのベースプレートに固定しているのも240Qとの違いだ。これも耐衝撃性を考えた改良だろう。古典的な機構ながら、腕時計に向くような設計思想を持っていた240Qの永久カレンダーを、さらに進化させたのが、CH 27-70 Qの永久カレンダーモジュールであったと言える。2499と3970の違いとは何か? 懐中時計を縮小した前者に対して、そういって差し支えなければ、後者は腕時計用にモディファイされた機構を持つ、初の永久カレンダー搭載クロノグラフだったのである。その堅牢な設計を知れば、なるほどCH 27-70 Qが、20年の長きにわたって使われ続けたことも納得である。