それまでニッチなスモールメゾンでしかなかったF.P.ジュルヌに、多くの愛好家たちの目を向けさせた「オクタ」コレクション。その高い完成度と優れたパッケージングは、独立時計師の水準をはるかに超えたものであった。フランソワ‐ポール・ジュルヌは、この基幹コレクションに何を盛り込もうとしたのか?高い完成度と拡張性の背景にあるものをひもといていきたい。

広田雅将:取材・文 吉江正倫:写真
[連載第21回/クロノス日本版 2014年5月号初出]

OCTA LUNE 1st Generation Model
両巻き/ブラスプレートの初期モデル

オクタ・リュヌ
2003年初出。リザーブ・ド・マルシェの7時位置に、ムーンフェイズを加えたモデルである。巧みな設計により、ケース厚は10.6mmに留まった。自動巻き(Cal.1300-1)。30石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約120時間。18KRG(直径38mm)。個人蔵。

 1999年に第1作を発表したF.P.ジュルヌ。躍進のきっかけになったのは、2001年発表のオクタであった。その設計は独立時計師としては相当に意欲的で、長いパワーリザーブに自動巻き機構を載せ、かつ大きな日付表示を設けていた。またジュルヌは、この基幹コレクションの拡張性を会社設立以前から考えていた。1994年の3月10日に、ジュルヌは自らの名を冠した時計のデザイン画を描いている。そこに含まれた時計はオクタ・リザーブ・ド・マルシェ、オクタ・カレンダー、そしてオクタ・クロノグラフ。これらのデザインは、ほぼそのまま商品化されることになる。

 F.P.ジュルヌが、毎年のようにオクタコレクションを拡張できた理由はケースにもある。彼はこのコレクションにさまざまな複雑機構を載せたが、基本的にはすべてのモデルに同じケースを用いたのである。ジュルヌはその理由を次のように説明する。

「ケースを共通化したのは経済的な理由だ。F.P.ジュルヌはスモールメゾンである。そのためケースに払うコストは決して小さくない。もし同じケースを違うモデルに転用できたら、コストを節約できるだろう」

 とはいえ、とジュルヌは強調する。「もちろん最初から強いイメージを与えるようなことは重要だった」

 ケースの共用を机上の空論としなかったのは、ジュルヌのジュルヌたる所以である。通常輪列と日の裏輪列をオフセットすることで文字盤側にスペースを作り、そこに付加機能を載せていく。加えてオフセットされた時刻表示という意匠は、トゥールビヨン・スヴランやレゾナンスといった複雑時計に同じだった。ジュルヌはこの基幹コレクションにも、注意深く一貫性を与えようとしたのである。

(左上)3時位置に設けられた文字盤。製造は2000年に買収したカドラニエ・ジュネーブによる。プレスで仕上げたギョーシェなどは現行品に同じ。しかし以前の文字盤は、現在のものに比べるとギョーシェがやや浅く、印字も明瞭ではない。同社の文字盤が大きく改善されたのは、ジュルヌ自身がディレクターに就任した2005年以降のモデルからである。(右上)ロジウムメッキ仕上げのCal.1300-1。なお極初期のCal.1300は、受けの外周がコリマコネージュ仕上げで、この個体のようなジュネーブ仕上げではなかった。Cal.1300-2までエッジの面取りはダイヤモンドカット仕上げ。(中)ケースサイド。搭載するムーブメントは厚さ5.7mm。しかしローターとバックケース、風防と文字盤のクリアランスを詰めることで、ケース厚は10.6mmに留まった。(左下)文字盤とケースサイド。見返しを極端に詰めていることが分かる。(右下)7時位置のムーンフェイズ。非常に良くできているが、印字の質や、窓のエッジの処理などは現行品にやや劣る。弱いブラスト処理を施して下地を荒らすという手法は、カドラニエ・ジュネーブのお家芸。ただ2005年以前の個体は、ロットにより下地の荒れ方と文字盤の色が多少異なるため、オクタの初期モデルを探している場合は、実機での確認をお勧めしたい。