新体制下で復活を遂げた
〝ユイット・アビエーション部門〟の遺産
2018年1月29日、世界に先駆けて上海で開催されたロードショーで、ブライトリングはまったく新しいコレクションとなる「ナビタイマー 8」を発表した。あまりにもアイコニックな存在であるナビタイマーをなぜ今、刷新したのか?2017年7月に就任したCEO、ジョージ・カーンと、同年11月に加わったデザイナーのギー・ボーヴェ。ふたりのキーパーソンの取材を通してその意図を明らかにする。
今やナビタイマーは、歴史ある航空用クロノグラフ腕時計として、時計愛好家の間で知らない者はいない。だが、同社の〝ユイット・アビエーション部門〟と聞くと、まだ多くの愛好家には耳馴染みがないに違いない。だが今後、ナビタイマーにとって、このキーワードは欠かすことができなくなるだろう。同社が新CEOにジョージ・カーンを迎えて初めて発表したコレクション「ナビタイマー 8」は、このユイット・アビエーション部門を再発見することで誕生したからだ。
ナビタイマー 8 オートマチックの日付表示同様、デイデイト表示ディスクを文字盤と同色にすることで、すっきりした全体のデザインに調和させている。回転ベゼルに斜面を与えることで美観も追求。C.O.S.C.認定クロノメーター。自動巻き(Cal.13)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径43mm)。100m防水。価格未定。
ナビタイマー 8にも、根強い人気を持つユニタイムがラインナップされた。文字盤外周に世界主要都市名と24時間表示を配したルイ・コティエ型のワールドタイム機能搭載。C.O.S.C.認定クロノメーター。自動巻き(Cal.B35)。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径43mm)。100m防水。価格未定。
そもそもユイット・アビエーション部門とは、同社創業一族の3代目、ウィリー・ブライトリングが1938年に設立した航空時計のための開発部門である。〝ユイット〟はフランス語で「8」を意味する。これは当時の航空機に搭載されるオンボードクロックのパワーリザーブが8日間であることに由来する。「ナビタイマー 8」の名称は、このユイット・アビエーション部門から来ているのだが、同部門の設立が、ナビタイマーが登場する14年前という事実は、新作ナビタイマー 8のデザインに大きな影響を与えた。
ナビタイマーの最もアイコニックな要素であり、誕生以来受け継がれてきた航空用回転計算尺が、このナビタイマー 8にはない。その根拠のひとつが、インスピレーション源となったユイット・アビエーション部門の設立が、航空用回転計算尺を備えたナビタイマーの誕生より前にさかのぼるからだ。ナビタイマー 8のデザインを手掛けたギー・ボーヴェは言う。
歴代ナビタイマーと同じく、ラグには先端に向かって幅が広がるように面取りを施したが、「8」ではより立体感を強調。さらに、ラグ自体を短くすることでモダンな印象を与えるようにデザインされた。C.O.S.C.認定クロノメーター。自動巻き(Cal.45)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径41mm)。100m防水。価格未定。
ナビタイマー 8の最もシンプルなモデル。デザインモチーフとなったRef.768は、回転ベゼルの風防内に三角のポインターを持つが、ナビタイマー 8では回転ベゼル上に三角マーカーが配された。C.O.S.C.認定クロノメーター。自動巻き(Cal.17)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。SS(直径41mm)。100m防水。価格未定。
「ブライトリングにとって、ナビタイマーは航空機を象徴するモデルです。その誕生以前に設立されたユイット・アビエーション部門を〝再発見〟し、当時、同部門で開発されていた回転計算尺をまだ持たない初期のパイロットウォッチをモチーフにデザインしたのが、このナビタイマー 8なのです。回転計算尺こそありませんが、間違いなくかつてブライトリングに存在したヒストリックピースを源泉としたものです。〝オリジン〟と呼べる伝統的なナビタイマーの系譜に、新作のナビタイマー 8が加わることで、ナビタイマーコレクションは一層強化されることになります。つまり、ブライトリングを最も象徴する航空時計の原点に立ち返って、未来をつくるためのチャレンジなのです」
ナビタイマー 8のデザインモチーフとしてギー・ボーヴェが挙げたのが、ブライトリングの1941年のパイロットウォッチカタログに掲載されていたRef.768である。これは、三角のポインターが両方向回転ベゼルに付いた初期のパイロットウォッチで、クロノグラフではない。したがって、ナビタイマー 8のラインナップには、従来のナビタイマーとは異なり、クロノグラフだけでなく、シンプルな中3針モデルも取り揃えられる。これこそ、ボーヴェの言う〝コレクション〟強化の一例と言えよう。
これまで航空時計とクロノグラフに注力し、その名を高めることで愛好家を獲得してきたブライトリング。だが、ジョージ・カーンは、上海で開催されたロードショーにおいて次のように新戦略を語った。
「今後、ブライトリングのライナップは、大きく4つのカテゴリーにおいて展開します。具体的には、〝空〟をナビタイマー、〝海〟をスーパーオーシャン、そして、これら全領域をカバーするのがクロノマットです。〝陸〟に関しては、新作をご期待ください」
カーンは、昨年7月にブライトリングCEOに就任後、わずか6カ月で新コレクションの発表にまで漕ぎ着けた辣腕経営者だ。かつて、IWCにおいて特筆すべき成果を挙げたように、彼にはいつも明確で論理的な戦略がある。その証拠に、コレクションのカテゴリーに加え、プライスレンジによるムーブメントのすみ分けも明らかにする周到ぶりだ。
「キャリバーB01を筆頭とする自社開発ムーブメント搭載機は平均で7500スイスフランまで、ETA7750ベースのキャリバー13搭載機は5500スイスフランまで、3針自動巻きのうちキャリバーB20搭載機は4000スイスフランまで、ETAやセリタベースの3針自動巻きムーブメント搭載機は3600スイスフランまでとします」
この指針に沿って、ナビタイマー 8にはキャリバーB01とキャリバー13を搭載したクロノグラフ2種に加え、3針自動巻きにもデイト付き、デイデイト付き、ユニタイムと豊富なバリエーションが取り揃えられた。
「我々は、非常にローカルで男性的なブランドです。しかし、これからはパイロットウォッチやクロノグラフだけでなく、全方位に向けてブランディングしていきます。私は、CEOに就任以降、ブライトリングの歴史を振り返り、愛好家のSNSを読み込んできました。そして、アビエーション以外にも、クルマやセーリングなど、スポーツタイムキーパーとして多くの遺産があることを知りました。さらに、ジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリーや伝説的なジャズトランペット奏者のマイルス・デイヴィス、F1ドライバーのジム・クラークやグラハム・ヒルもブライトリングの愛用者だった事実は、今ではほとんど知られていません。これらの遺産を各カテゴリーで活かしながら、ブライトリングらしく、決してフォーマルではなく、インフォーマルに使用できるアイコニックなデザインを追求していきます。ただし、従来通り、他社とは明確に異なるデザインを持ち、しかし、クロノグラフだけではないことも強調していきます」
その最も分かりやすい例が、今回、ナビタイマー 8が採用した〝翼のない〟新しいブランドロゴだ。カーンは、このロゴを今後すべてのコレクションに採用していくと明言した。デザイナーのギー・ボーヴェは、ロゴから翼をなくした理由を次のように説明した。
「1932年、19歳の若さで会社を受け継いだウィリー・ブライトリングは、世界初のツープッシャーの腕時計クロノグラフの特許を申請し、38年にはユイット・アビエーション部門を設立するなど、当時、ブライトリングを未来に向けて大きく飛躍させたキーパーソンですが、その時代にはまだロゴに翼はありませんでした。その後、アビエーションに注力する中で、翼が付いたのです。決して、アビエーションを忘れるわけではありませんが、かつてのようにもっと広い分野に訴求するという新体制下での強い意思を翼のないロゴで表現したのです」
原点に立ち返り、かつての遺産を未来へとつなげる新たなる挑戦。その第一歩こそが、このナビタイマー 8なのだ。
NAVITIMER 8 B01 [2018]
鬼才ギー・ボーヴェが手掛けた新生フラッグシップ
航空時計の原点に立ち返った、回転計算尺を持たないナビタイマー。Cal.01を載せた本作の他に、Cal.13入りのモデルや、3針のデイデイトなどがある。防水性能は100mに向上した。自動巻き。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SS(直径43mm)。価格未定。
1960年代後半に、ナビタイマーがらしからぬ防水ケースを持ったように、ブライトリングはしばしば、ナビタイマーで試行錯誤を行ってきた。その試みのひとつが、91年発表の「ナビタイマー アヴィ」である。このモデルは、回転計算尺を持たないにもかかわらず、ナビタイマーと銘打たれていた。エアロスペースのファーストモデルも同様で、文字盤には「NAVITIMER」の印字があった。また92年にリリースされた「ナビタイマー92」も、回転計算尺付きではあったが、ナビタイマーの「タイプ52」ではなく、初代クロノマットに同じ「タイプ42」計算尺を備えていた。加えてこのモデルには、45分積算計を持つフットボール仕様があった。モデルが成熟すると、違う方向性を模索するのは当然だろう。
2018年に発表された「ナビタイマー 8」も、やはりこの方向性をなぞったモデルだ。しかし、ブライトリングは本作の機能ではなくデザインを強調してみせた。意匠のモチーフは1930年代から40年代の航空時計。回転ベゼルこそ付いているが、計算尺は省かれ、ロゴを含む書体も刷新された。回転計算尺のない時計をナビタイマーと呼ぶべきかは難しいところだが、ナビタイマー アヴィや初代のエアロスペースがナビタイマーを名乗っていたと考えれば、ありだろう。
デザイナーは、IWCやショパールでデザイン責任者を務めたギー・ボーヴェ。彼が非凡な経験値を持つことは、即席にもかかわらず、本作が優れたパッケージングを備えたことからも理解できよう。実物を写真で見た限りで言うと、現在のブライトリングらしく、ディテールも荒れていない。
ナビタイマー 01でひと通りの完成を見た、正統派のナビタイマー。次のステップとして生まれたナビタイマー 8は、ブライトリングの今後を占う存在となるだろう。個人的には、その成功を強く願いたい。