第3世代アクアノートを彩る
プチコンプリケーション詳細

「耳」を持たない2ピースケースと、拡大されたケースは、アクアノートを優れたコンプリケーションのベースに仕立て上げた。それを代表するのが、クロノグラフとトラベルタイムの2作である。いずれも、複雑なムーブメントを、うまくケースに収めている。

アクアノート・クロノグラフ Ref.5968A
新型自動巻きクロノグラフのCal.CH 28-520 C/528を搭載したモデル。積算計が簡略化された結果、ノーチラスに比べてケースは薄い。自動巻き。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(10時~4時方向の径42.2mm、厚さ11.9mm)。12気圧防水。477万円。

 おそらくは、スポーツウォッチのブームが引き金となったのだろう。2007年以降、パテック フィリップは、アクアノートの拡充に努めるようになった。とはいえ、アクアノートのモットーである「カジュアル・シック」からは決して逸脱していない。

 その方向性のひとつは、レディスモデルの充実である。2004年にリリースされたダイヤモンド入りのRef.5067は「アクアノート・ルーチェ」という名称のもと、年々バリエーションを増やしている。オリジナルと同じ35.6mmケースに自動巻きムーブメントを収めたRef.5068は、現行のパテック フィリップで、個人的には、最も好ましい女性用モデルのひとつである。

アクアノート・クロノグラフ Ref.5968A

(左)スポーティーさを強調するためか、クロノグラフ針や一部のインデックスにオレンジがあしらわれている。色乗りはかなり良好だ。また、この色にマッチするオレンジのストラップも付属する。文字盤は、ブラックのグラデーション模様。グラデーションは、パテック フィリップのお家芸とも言える仕上げである。(右)巧みに置かれたプッシュボタン。ノーチラスと異なり「耳」がないため、見た限りレイアウトには無理がない。歪みのない鏡面、均一に入った筋目、ダレの少ないエッジなど、現行アクアノートらしいディテールを備える。

そしてもうひとつの方向性が、コンプリケーションである。2011年、パテック フィリップは実用的なトラベルタイムをアクアノートに追加。アクアノートの発表から20周年にあたる17年には、トラベルタイムのアドバンストリサーチモデルと、翌18年にはクロノグラフを加えた。それを可能にしたのは、スポーツウォッチに対する市場の要望と、それ以上にケースサイズの拡大ではなかったか。

 1997年のRef.5060は、新しい5000番台のリファレンスを持っていたにもかかわらず、ケースサイズは35.6mmしかなかった。しかし、あまりにもケースが小さかったのか、翌98年には38.8mmのRef.5065を追加した。もっともパテック フィリップは、大きなケースには懐疑的だったようで、34mmのRef.5064と、29.5mmのRef.4960もラインナップに加えた。ただしこの2モデルはクォーツ搭載機である

アクアノート・クロノグラフ Ref.5968A

(左)アクアノートらしい、先端を落としたラグ。しかし、ケースサイズの拡大に伴い、わずかに伸ばされている。(右)Ref.5968Aには、まったく新しいバックルが採用されている。理由はおそらく、クロノグラフの重さを考慮したためか。装着感を改善すべく、アクアノートはさまざまなタイプのバックルを採用してきた。

 明らかに方針が変わったのは、2007年のRef.5167からである。ケースサイズを40.8mmに拡大し、それ以下のサイズは、女性用を除いて製造中止となった。正確に言うと、Ref.5065の後継機であるRef.5165も、07年にリリースされている。ケースサイズは38.8mm。しかし、このモデルはわずか2年で製造中止になった。

 なおティエリー・スターンはいくつかのインタビューで、サイズ違いのケースを複数用意することの難しさを語っている。とすれば、アクアノートが、大きなケースに集約されるのは当然だろう。

アクアノート・トラベルタイム Ref.5164A

アクアノート・トラベルタイム Ref.5164A
簡単にホームタイムとローカルタイムを調整できる実用時計。いずれにも昼夜表示が付いているため、使い勝手はかなり良い。自動巻き(Cal.324 SC FUS)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SS(直径40.8mm、厚さ10.2mm)。12気圧防水。371万円。

 加えて、その大ぶりなケースデザインを転用すれば、文字盤のレイアウトを損ねることなく、複雑なムーブメントを搭載できるようになる。そこで生まれたのが、2011年の「アクアノート・トラベルタイム」だった。ベースとなったのは、キャリバー324。そこに昼夜表示付きの第2時間帯表示を加えることで、優れた実用性を確保した。ちなみにこのモデルは、現在、ティエリー・スターン社長のお気に入りであるそうだ。

 アクアノートのサイズはさらに拡大し、2017年には直径42.2mmのRef.5168をラインナップに加えた。そこで生まれたのが、18年にリリースされた「アクアノート・クロノグラフ」である。ケースサイズは、Ref.5168と同じ42.2mm。アクアノートのケース拡大は、消費者の要望だけでなく、コンプリケーション搭載を前提としたものだったことが、これで理解できよう。

アクアノート・トラベルタイム Ref.5164A

(左)今やアクアノートが好んで採用するブラックのグラデーション文字盤。視認性を悪化させない程度に、うまく濃淡が付けられている。なお9時位置を指しているスケルトン針は、ホームタイム針。使わないときは通常の時針の下に隠すことができる。インデックスは18KWG製である。(右)9時位置側のケースサイドに設けられたプッシュボタン。下のボタンを押すと、ローカルタイムを示す時針が1時間進み、上のボタンを押すと、1時間戻る。なお、ローカルタイムに連動して、日付表示は切り替わる。

 もちろん、同じコンプリケーションは、ノーチラスにも載せられるようになった。しかし、アクアノートの複雑系は、ノーチラスのそれよりも機能がシンプルで、つまりケースが薄い。かつて、アクアノートはノーチラスよりケースが厚い、と見なされていたが、複雑系に限って言うと、むしろ逆になったわけだ。複雑機構を載せたにもかかわらず、ケースが薄いため、アクアノートの個性である優れた装着感は相変わらず不変だ。確かに機能は少ないが、複雑系に関して言うと、筆者はノーチラスではなく、〝薄い〟アクアノートを選ぶだろう。

 今や、ノーチラスとは異なるキャラクターを打ち立てたアクアノート。女性用のルーチェは大変魅力的だし、薄いコンプリケーションも、パテック フィリップのコレクターにこそ、好まれるパッケージングを持っている。個人的な要望を言うと、小ぶりなRef.5167が再生産されれば、よりいっそう、広い層から支持を集めるのではないか。

アクアノート・トラベルタイム Ref.5164A

(左)ラグの造形。右の「クロノグラフ」に似ているが、先端を細くし、斜めにカットすることでドレッシーな印象を与える。なお、4時位置に見えるのは、日付切り替え用のプッシュボタン。早送りするには、このボタンを押す必要がある。(右)既存モデルに同じ、プレートにバネ性を持たせたバックル。構造はシンプルだが、バネ力は適切で、しかも薄い。


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Tel.03-3255-8109


【87点】パテック フィリップ/ アクアノート・クロノグラフ Ref.5968A

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アイコニックピースの肖像 パテック フィリップ/ノーチラス

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アイコニックピースの肖像 パテック フィリップ/年次カレンダー

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