重視すべき点は何か
良い時計というものは、1日中着けていることが前提となる。それはモトクロスのプロドライバーやプロダイバーのように、秒単位の時間計測が必然的な人々以外でも変わらない。そして、時計着用時に求められるのは、雨天や手洗い時の水しぶきのほか、整備されていない道をクルマや自転車で走る時の振動のような、普段の生活の中でさまざまな状況に耐え得るタフさだ。グランドセイコー メカニカルハイビート36000は、こうした要求にすんなり応えてくれる。まず、防水性は10気圧。悪天候下や汗だく時の着用による風防内の曇りや、水分のムーブメントへの浸入からもガードされる。加えて、この時計は、発車しそうなバスに乗るべく、間に合ったためしもないのに猛然とダッシュしたり、遅れを取り戻そうと自転車をしゃかりきになって漕いだりするような、暮らしの中でよくあるノーマルではない振動の環境下においても、目立って害を及ぼさなかったのだ。着用時の歩度への影響はわずかで、日差はマイナス2秒からプラス4秒の間であった。平均日差はプラス1・5秒、最大姿勢差は3秒。これはほぼパーフェクトな数値と言えるだろう。
これらの結果から、テストウォッチはグランドセイコーの高い精度基準をクリアしていることが分かる。グランドセイコー規格では、平均日差はマイナス3秒からプラス5秒の間に収まっていなければならない。ちなみに、スイスの公式クロノメーター検査機関であるC.O.S.C.の基準では、平均日差はマイナス4秒からプラス6秒以内とされている。今回のテストでは、歩度だけでなく振り角でも優秀さが証明された。水平姿勢と垂直姿勢の差は17度のみ。これは加工精度の高いパーツによって、摩擦が抑制されているからなのだろう。
要するに、搭載される自動巻きキャリバー9S85は卓越したムーブメントだと言えよう。しかも、外部からの供給を受けない純然たる自社製造である。主ゼンマイは自社独自の合金「スプロン530」を使用し、パワーリザーブは約55時間。巻き上げは、諏訪精工舎(現セイコーエプソン)が1959年に発明した両方向巻き上げ方式の「マジックレバー」ではなく、ローターの微小な動きを追随できるため、動作が小さくても巻き上げ効率に優れる切り換え伝え車方式を採用している。ヒゲゼンマイも自社でまかなわれ、素材にはセイコーのオリジナルの合金「スプロン610」を使用。4本アームのテンワにセットされ、振動数は3万6000振動/時。一般に、高振動は優れた精度を導き出すと言われているが、このモデルではそれが理論上の話だけではなく、実際に有利に働いているのだ。緩急調整は、ヒゲゼンマイの有効長を変えられる緩急針と、偏心ネジで行われる。これは革新的ではないものの効果的な手法で、ETAのロングセラームーブメントのキャリバー2824と2892にも同様のシステムが見られる。だが、テンプの見た目に関しては、やはりチラネジ付きのほうがエレガントであろう。ムーブメントの設計段階で機構にひと工夫しようと思うと、厚みが出てしまうものだ。このモデルのムーブメントの厚さは堂々6・0㎜。ケースの厚さは13㎜に達するほどの恰幅のよさだ。しかし、中3針で日付表示付きの時計として、ムーブメントの厚さが6㎜というのはかなり厚い。もう一度、ETAキャリバーを引き合いに出すと、2824は厚さ4・6㎜、2892は3・6㎜だ。この点に、薄型化で優美さを狙うよりも実用性と精度の安定性をより重視する、日本の典型的なやり方がよく表れているようだ。
セイコーは基本的にムーブメントに関して、古典的な美観よりも機能性とその効果の高さに重きを置いている。とはいえ、グランドセイコーのムーブメントは、仕上げ加工にかなり手が掛けられていて、セイコーのほかのシリーズとは差別化されたものであることが分かる。ストライプやペルラージュなどの装飾研磨、個性的な形状のローター、ゴールドカラーのエングレービング、鏡面に磨かれたネジの頭と角穴車など、全体的に見事な出来栄えだ。スイスのトップクラスのムーブメントと比較しても、欠けているのは鏡面仕上げのパーツの面取りと、フラット仕上げのネジ頭くらいなものだろう。