【85点】IWC/パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイア

2020.11.28

パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイア

 2019年、IWCはパイロットウォッチのスピットファイア・シリーズを更新した。新しくなった点には、まずブロンズモデルが加わったこと、そして3針用とクロノグラフ用に今までよりリーズナブルな自社製ムーブメントを導入したことが挙げられる。「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイア」のブロンズケースに合わせているのはオリーブグリーンの文字盤だ。クロノグラフのムーブメントにはコストを抑えたキャリバー69000系を採用。このムーブメントがパイロットウォッチに使用されるのはこれが初めてだ。新しくなったモデル群の第一印象として、デザインに説得力があると感じた。艶消しのため、穏やかにパール状の光沢を帯びたブロンズケースに落ち着いた深いオリーブグリーンの文字盤は、素晴らしく調和している。白いステッチが入り、コントラストのはっきりしたダークブラウンのカーフストラップと相まって、レトロな雰囲気が漂っているところもいい。これはレトロムードのダイバーズウォッチに先行して取り入れられた組み合わせなのだが、パイロット用のクロノグラフウォッチにもよく映える仕上がりになっている。

パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイア

こちらはSSケースを持つベーシックなモデル。価格は70万円と、ブロンズケースモデルと比較して6万5000円安い。なおSSモデルでは写真の他に、ブラウンのカーフストラップを装備したモデルもラインナップされる。

 12時位置のミリタリーテイストを感じさせるふたつのドット付き三角マーカーと、3時、6時、9時位置の蓄光ポイントも、ブロンズカラーに寄せた色使いだ。針もまた同様のトーンでまとめられている。もっとも、針に関しては光沢のあるレッドゴールドカラーになっていて、艶を抑えてパール状に加工されたケースとのメリハリが際立つ。文字盤の色はかなりダークで、多くの状況では黒のように見えがちだが、それで特に困るようなこともない。むしろ蓄光塗料が塗布された針とのコントラストが強いため、針が埋没しない。どちらかと言えば気になるのは風防の無反射加工のための青いコーティングの方だ。だがいずれにしてもこれらのことはネックにはならず、よく出来たデザインと言えるだろう。

ムーブメントは切り替わって自社製へ

キャリバー69380

より抑えた製品価格でクロノグラフを提供すべく開発された自社製キャリバー69380。設計に工夫を凝らし、コストダウンを実現した。

 これまでIWCがパイロットウォッチクロノグラフに使用していたムーブメントはETA7750だったが、このモデルで自社製キャリバーの69000系に引き継がれている。これは16年に「インヂュニア・クロノグラフ」で初登場したキャリバー群だ。初めて採用されたのは、ETA7750式の全表示にプラスして曜日表示も持つキャリバー69380。これは自社製ムーブメントを搭載した、よりリーズナブルなクロノグラフを製品化するために作られた。というのも、もうひとつの自社製キャリバー89000系を搭載したモデルと、IWCではキャリバー79000系としてチューニングされているETA7750ベースのムーブメント搭載モデルでは、価格差が倍近くあるからだ。現在、ETAキャリバーを使用している同社のクラシックな「パイロット・ウォッチ・クロノグラフ」は64万5000円からあるが、今回のテストで取り上げたモデルは76万5000円。他社製汎用機を搭載した製品に近づけた価格設定だ。ステンレススティールバージョンの価格はさらに抑えた70万円である。これはチャレンジプライスと言ってもいいだろう。他社ブランドの自社製ムーブメント搭載クロノグラフの価格と比較してもリードしている。これはIWCが、同社の一部の製品は高額過ぎるというユーザーの評価に反応を示したということであり、ファンにとっては当然ながら喜ばしい限りだ。

リーズナブルの理由とは

 しかし、なぜキャリバー69000系はキャリバー89000系よりかなり低コストで製造できるのだろうか? その理由としてはパワーリザーブが短いこと(キャリバー89000系は約68時間だがキャリバー69000系は約46時間)と、フライバック機能がないことが挙げられる。そして、テンワはチラネジの付いていないスムースタイプが使用されている。歩度の調整はオーソドックスな緩急針で行うものだ。ETA7750と違うのは、クロノグラフの制御がカム式からエレガントなコラムホイール式になっていることと、主ゼンマイの自動巻き上げがラチェット(マジッククリック)の両方向巻き上げになっていることだ。ちなみにキャリバー89000系およびキャリバー69000系とETA7750のクロノグラフの動力連結方式は、いずれもスイングピニオン式になっている。

シルバースピットファイア

モデル名の由来ともなっている、英国製戦闘機の「シルバースピットファイア」。テストモデルが発売された2019年に英国南部、グッドウッドを飛び立った同機はIWCの支援の下、アメリカ、ロシア、日本、インドなど世界30カ国を経由して、世界一周飛行を達成した。

 だがこれらの構造は、このモデルでは裏蓋がトランスパレントではないため隠れて見えない。ムーブメントには飾り気のないプレーンな仕上げの部分もあるものの、自動巻きローターには透かし彫り、ローター受けにはストライプ装飾、ブリッジにはペルラージュ装飾が施され、ネジ頭は鏡面に磨かれている。時計師でもなければこれらの様子をそうそう見ることができないというのは残念だ。

自社製ムーブメントの実力

 とはいえ、ムーブメントで肝心なのは装飾の度合いよりも精度だ。テストウォッチを歩度測定器にかけたところ、かなり良い結果が出ている。最大姿勢差は非常に少なく3秒に留まった。平均日差もごくわずかでマイナス2秒、クロノグラフ作動時では優秀にもプラス0・3秒という数値を示した。ただし、クロノグラフ作動時の最大姿勢差は7秒と大きい。垂直姿勢におけるクロノグラフのスタート時の振り角落ちは、水平姿勢と同程度に収まった。

 操作性については、ETA7750に比べて幾分上を行っている。クロノグラフのボタンはスタート/ストップ時の押し心地がETA7750よりもやや軽く感じられ、リセット時は明らかに軽い。リュウズはつまみやすく、巻くのもスムーズだ。1段引くと日付と曜日が素早く修正可能で、2段目まで引くと、ストップセコンド機能が働き時刻合わせが正確に行える。

 ブロンズ製の尾錠もよりシンプルな仕上がりだ。仰々しく目立つようなことはなく、手首へのフィット感も非常に良い。この装着感の良さには滑らかなストラップとラグを長めに取り、下方向へカーブさせたケースの形状もひと役買っているのだろう。直径41㎜というサイズはIWCのクラシックなパイロットクロノグラフに比べると2㎜小さいのだが、装着感はより良くなった。ケースの裏蓋はブロンズではなくチタン製で、肌がかぶれにくいように配慮されている。

パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイア

装着中、常に肌と接触する裏蓋にはアレルギーを起こしづらいチタンが用いられる。このケースバックに刻印されるのは、もちろんスーパーマリン社のレシプロ戦闘機、スピットファイアだ。

 ケース本体の素材にはアルミニウムブロンズが使われている。この合金は初めこそ明るい色味を帯びているのだが、時の経過と共に落ち着いた暗めの風合いに移行していく。緑青によるその変化は、クロノスドイツ版編集部が夏の気温の中で2週間のテストを実施した間に早くも感じられた。着用した時にケースの手首の肌に近い部分の色が暗めになってきたのだ。ブロンズタイプの腕時計には錫を使用した赤茶の色味の強いものもあるが、その素材ではこうした色の変化は出てこない。

コストパフォーマンスは上々

 このようにいろいろと検証してみると、パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・スピットファイアはIWCの他のモデルだけではなく他社ブランドと比較しても、明らかに優勢という見解に至った。何よりも自社製ムーブメントでありつつ価格を抑えてリーズナブル、それでいて、いかにも廉価版という作りにはなっていない。ムーブメント以外の各要素もハイクォリティでまとめられている。

 同モデルのより安価なステンレススティールバージョンもあることを踏まえ、どちらがリーズナブルと評価するのにふさわしいかという意見もあるとは思う。しかし、それは各人の見方によるだろう。少なくともブロンズケースでエイジングを楽しめるというのは魅力のひとつに違いない。

 我々としては、ブロンズケースにダークグリーン文字盤の方が、ステンレススティールに黒文字盤仕立てという古典的スタイルより一層冴えて見える。なんといっても人目を引くのは全体の佇まいなのだ。

 このモデルはIWCの中のベストパイロットウォッチだと言っても過言ではない。ブロンズを選ぶかステンレススティールを選ぶかはお好み次第。どちらを選択しても、パイロットウォッチの魅力を存分に味わえるだろう。