約80年前に生まれた「ポルトギーゼ」。初代モデルはステンレススティール製の大型ケースをまとい、6時位置にスモールセコンドを備え、付加機能は搭載していなかった。その後、発売当時と同じスペックのモデルが、レギュラー版としてはこれまで1種類しか発表されていなかったのは、にわかには信じ難い話である。しかも、2010年に登場した手巻きモデルこそが、歴史的な観点から言えば、唯一「正統派」のポルトギーゼなのである。
IWCは1939年から、シンプルで大きく、精度が高いステンレススティール製の腕時計を、リスボンとポルトの時計販売店に供給していた。ポルトギーゼ誕生のきっかけとなった、ふたりのポルトガル人商人から要求された精度は、自社製の懐中時計用ムーブメントを搭載することで実現した。当時の腕時計用ムーブメントは、精度の面で劣っていたのである。
直径38mmのムーブメントを搭載したことで、ケース径41.5mmという、当時としては巨大なサイズの腕時計が生まれた。初代のポルトギーゼにはさまざまな文字盤が用意されていたが、調和の取れたデザインにもかかわらずあまり成功しなかったのは、巨大なケース径が原因だったのかもしれない。IWCの推定によれば、50年代に生産終了となるまでに売れたポルトギーゼは1000本にも満たなかったという。
ポルトギーゼの再発見
1970年代にはドイツからもオーダーがあり、IWCは100〜200本の時計を供給した。創業125周年の93年にはついに、懐中時計用ムーブメント、キャリバー9828を搭載し、トランスパレント仕様の裏蓋を備えた限定モデルがステンレススティール、レッドゴールド、プラチナのケースで発表された。90年代の半ばになると、自動巻きムーブメントを搭載したポルトギーゼが登場する。しかし、これらはケースの直径が35mmしかなく「オーバーサイズ」というポルトギーゼの伝統には反していた。
初代ポルトギーゼ。さまざまなバリエーションの文字盤が用意されていた。
現在も入手可能な「ポルトギーゼ・オートマティック」。
IWCがポルトギーゼの伝統に回帰したのは2000年のことである。だが、懐中時計の文字盤がそのまま採用されたのではなく、新しい解釈が与えられた。約7日間のパワーリザーブを備え、3時位置と9時位置にそれぞれサブダイアルがシンメトリーに配された、あまりにも有名なポルトギーゼ・オートマティックの誕生である。言うまでもないが、サブダイアルはそれぞれパワーリザーブ表示とスモールセコンドである。
限定モデルに続き、04年には6時位置に日付表示の窓を追加したレギュラーモデルが登場した(120ページのコラム参照)。このモデルは瞬く間にアイコンへと上り詰め、今日でもIWCの顔となっている。今も変わらない直径42.3mmのケースは堂々たるもので、ベゼルをスリムに仕立ててポルトギーゼ特有の大きな文字盤を組み込んだ。
付加機能を廃した「ポルトギーゼ・ハンドワインド」。
「ポルトギーゼ・ハンドワインド・エイトデイズ “150 イヤーズ”」。2020年で生産終了。
05年と08年には大型手巻きムーブメントなど、初期ポルトギーゼの特徴を取り入れた限定モデルが発表され、10年には直径44mmのケースにさまざまな文字盤を備えたレギュラーモデルの「ポルトギーゼ・ハンドワインド」がこれに続いた。ステンレススティール製のケース、オーバーサイズ、6時位置のスモールセコンド、付加機能なしといった、ポルトギーゼのスタイルを決定づけるすべての要素が、誕生から初めてレギュラーモデルで融合されたのである。
以来、6時位置にスモールセコンドを備えた大型の手巻きモデルがいくつも発表されている。ただ、完璧なシンメトリーは日付表示窓によって失われている。
新しい計時の在り方
今回のテストウォッチは2020年に登場したモデルである。1939年の初代ポルトギーゼ、7日間のパワーリザーブ表示を備えた2004年のポルトギーゼ・オートマティックに続く3番目のマイルストーンとなる。80年以上を経た今、初代ポルトギーゼのデザインがとても美しく再現されている。シンプルなエレガンス、完璧なシンメトリー、魅力的なディテール、そして非常に高い品質により、「ポルトギーゼ・オートマティック40」はオリジナルモデルの価値を受け継ぐ後継機である。ひとつだけオリジナルモデルから逸脱しているのがケースサイズである。1990年代のモデルもそうだったが、ポルトギーゼとしては小ぶりに感じてしまうのだ。39年当時は41.5mmで巨大に感じられたが、現代では40.4mmは平均的なサイズで、特に人目を引くケース径ではない。
ポルトギーゼの伝統からの逸脱は、もちろん偶然ではない。「アンダーステイトメント(控えめな表現)」が喜ばれる昨今のトレンドに従い、IWCは2020年に小ぶりなポルトギーゼをいくつか発売している。控えめさを選択した背景には論理的な考えがある。腕時計は一般的に、サイズが小さく、デザインが挑発的ではないほど顧客層が広がり、売り上げは増加するのである。
この点において、シャフハウゼンの人々を責めることはできないだろう。トップクラスの時計ブランドの中でもIWCはモードに敏感で、とりわけライフスタイルに対する意識の高さによってブランドイメージを築き上げてきたからである。また、開発責任者がシンプルで心を打つ時計を完成させたことは間違いない事実だ。ポルトギーゼ・オートマティック40はプロポーション、針のフォルムと長さ、文字盤に施された細やかなサンバースト模様、精密に加工されたアプライドインデックスなど、目を楽しませてくれる要素が豊富である。
美しい表示要素の数々は、サファイアクリスタル製の風防とトランスパレントの裏蓋を備えたステンレススティール製のケースに格納されている。ケースはそれほど複雑な構造ではなく、防水性は最大3気圧だが、ポリッシュとサテンの仕上げを組み合わせた表面や、凹面を持つスリムなベゼル、両面に反射防止コーティングを施したドーム型風防は納得の仕上がりだ。一方、リュウズは小さいため手の甲に当たることはないが、ねじ込みを解除した後で時刻合わせのために引き出すのに少し苦労する。
21世紀のマニュファクチュールムーブメント
最新のムーブメントでは当然のごとく期待されているが、爪先でリュウズを引き出すと秒針は停止する。リュウズを引き出すのがやや困難な点を除き、まだ出来たばかりの自社製ムーブメント、キャリバー82200には弱点が見当たらない。約60時間のパワーリザーブを備え、アルバート・ペラトン(1898〜1966)が開発した、ふたつの爪を用いる巻き上げ機構の恩恵により、巻き上がるのも比較的早い。爪や巻き上げ車など、ペラトン式自動巻き機構の関連部品がブラックセラミックスで出来ている点も、技術的ハイライトとして述べておきたい。これにより、常時動く部品の耐摩耗性が向上するだけでなく、見た目も美しい。
微調整は、ヒゲゼンマイの有効長ではなく、フリースプラングテンプのテンワに取り付けられた4本の調整ネジによって行われる。テンワは、温度変化の影響を受けにくいグリュシデュールで出来ている。機能的な調速機構は、テストウォッチでプラス5秒/日という良好な精度を示し、最大姿勢差も4秒と優秀である。歩度測定器で確認された精度は着用時にも実証され、テスト期間中(約2週間)の平均日差はプラス5秒/日だった。
自動巻きムーブメントは機能的でモダンな外観だが、コート・ド・ジュネーブやペルラージュ模様といった伝統的な装飾も施されている。スケルトン加工を施したブリッジを採用することにより、脱進機だけでなく、6時位置の香箱に至るまでの巻き上げ機構や輪列を存分に観察することができる。
制限されたラグジュアリー
ポルトギーゼ・オートマチック40はルックスが良く、仕上げも秀逸、高精度で日中の視認性にも優れているが、果たして本当にすべてにおいて完璧な時計なのだろうか? ここでは「ほぼすべて」と言っておこう。ひとつだけ不満を挙げるならバックルである。IWCはこれまで、安定感のある片開きのフォールディング・バックルと、モデルによっては個別にデザインされたバックルを採用していた。だが、今回のテストウォッチに装備された新しいバタフライ・フォールディング・バックルは、6000ユーロを超える高級機に求められる要件を満たしているとは言い難い。外から見える部分には、従来のフォールディング・バックルと同様、一部にポリッシュ、一部にサテン仕上げが施され、丸いブランドロゴも配されているため、好感が持てる仕上がりとなっている。だが、バックルを開いてみると、簡素な作りをした薄い標準部品が使われているのが見える。これが、バネ棒で高級感のある留め金に固定されているのだ。
バックルは以前と同じく、プッシュ式ではない。片開きの時はそれほど大きな問題ではないが、両開き式の場合は、時計を外す前に外側の留め金を強い力で2度引っ張らなければならない。装着時はさらに面倒である。最初に片方をストラップと手首の間に折り込んでから、もう一方を折り曲げなければならない。
IWCは、着用時の快適性を向上させるためにバタフライ・フォールディング・バックルを採用したという。確かに新しいバックルは、片開きのものよりも手首内側の中心に位置するように設計されている。だが、バックル内部に使われている部品は打ち抜き加工されており、これがコスト削減をもたらすことは明白である。時計愛好家や着用モニターは、複雑な感情を抱かざるを得ないだろう。
バタフライ・フォールディング・バックルの操作性を除けば、今回のテストウォッチの完成度は高い。このバックルが不満であれば、以前のバックルを備えたストラップを購入して取り替えることも可能だ。ポルトギーゼの特徴とも言えるオーバーサイズではないものの、直径40.4mmのケースも決して小さいわけではなく、スリムなベゼルで文字盤が大きく取られていることで力強い存在感を放っている。すべての時計愛好家が挑発的なデザインを欲するわけではない。エレガントでスタイリッシュに「見えればよい」と望むのであれば、新しいポルトギーゼがまさに良きパートナーとなるだろう。