オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク」を創る数字の秘密

2022.08.08

2022年、誕生50周年を記念して、ディテールに手を入れ、一層完成度を高めた新作を発表したオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」。その魅力の源泉を、アイコンモデル誕生秘話とロイヤル オークにまつわる知られざる“数字”に注目し、解説していく。

ロイヤル オーク

鈴木幸也(クロノス日本版):文 Text by Yukiya Suzuki(Chronos Japan)
2022年7月掲載記事


アイコンモデル誕生秘話とロイヤル オークにまつわる知られざる“数字”

ロイヤル オーク

1970年4月、オーデマ ピゲ グローバルCEOのジョルジュ・ゴレイから電話で依頼を受けたジェラルド・ジェンタは、ホテルに閉じこもり、たった一晩でロイヤル オークの最初のデザイン画を描き上げた。

 1972年に誕生したオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」は今年50周年を迎えた。ロイヤル オークの〝生みの親〞として、真っ先に名前が挙がるのが、今や伝説のウォッチデザイナーとして知られるジェラルド・ジェンタだろう。だが、彼はあくまでもプロダクトデザイナーであり、そこには当然、依頼主が存在する。その依頼主こそが、当時のオーデマ ピゲ グローバルCEOであったジョルジュ・ゴレイである。

ジョルジュ・ゴレイ

ジェラルド・ジェンタにロイヤル オークのデザインを依頼した、当時のオーデマ ピゲ グローバルCEOのジョルジュ・ゴレイ。腕時計の配給会社から、これまでにない革新的なスティールウォッチの生産依頼を受けたゴレイは、すでにウォッチデザイナーとしての基盤を築いていたジェンタにそのデザインを発注した。
ジェラルド・ジェンタ

今や伝説となったウォッチデザイナー、ジェラルド・ジェンタ。72年発売のロイヤル オークを皮切りに、76年のパテック フィリップ「ノーチラス」とIWC「インヂュニアSL」など、現在のいわゆる“ラグジュアリースポーツウォッチ”の祖と言うべきアイコンモデルを次々とデザインした。

 70年4月、ゴレイはジェンタにそのデザインを発注した。だが、電話で依頼したためか、ジェンタは、これまでにない〝革新的なスティールウォッチ〞を〝革新的な防水性のあるスティールウォッチ〞と聞き間違えた。この勘違いによって、ロイヤル オークが誕生したのだから、歴史とは異なものである。ゴレイから午後4時に電話で依頼を受けたジェンタは、たった一晩でロイヤル オークの最初のデザイン画を描き上げた。翌71年12月には「ロイヤル オーク」というモデル名が考案され、ゴレイの依頼からわずか2年後の72年4月15日には発売されるという電光石火の開発であった。しかも当初、ゴレイは1000本の限定販売を予定していた。これは生産前に配給会社の注文を取り付け、ジェンタデザインで限定販売するという、彼の成功への秘策でもあった。

ロイヤル オークのケース図面

初代ロイヤル オークのケース製造を担ったスイスのケースメーカー、ファーブル・ペレ社のサインが入ったロイヤル オークのケース図面。71年5月16日、同社にロイヤル オークのスティールケース1000個を発注する契約が結ばれ、同年12月6日にはケースに関する特許が申請された。翌年4月15日、初代ロイヤル オークが発売され、約1年半後の73年9月4日、特許が承認された。

 さて、72年に発売された初代ロイヤル オークは、当時としては大型の直径39mmのケースであったため〝ジャンボ〞というニックネームで呼ばれたが、ステンレススティールケースながら、ゴールドウォッチよりも高額な3300スイスフラン(当時のレートで26万7000円=現在の価値で約137万円に相当)という価格設定も前代未聞であった。搭載するムーブメントは、高級機が搭載する薄型自動巻きのキャリバー2121。加えて革新的だったのは、実用的なステンレススティールを採用したスポーティーな外装を持ちながらも、ドレスウォッチのような薄型ケースを実現し、かつドレスウォッチ以上の防水性を備えていた点だ。オーデマ ピゲが当時の広告で「ゴールドウォッチよりも高いスティール時計」と謳った理由のひとつである。

1973年のロイヤル オークの広告

1973年のロイヤル オークの広告。潜水夫のヘルメットをモチーフにした八角形ベゼルと、特徴的な8つの六角形のビスが強調され、「A TRIBUTE TO STEEL(鋼への賛辞)」というタイトルが添えられる。“20世紀の金属”であるスティールを用いたロイヤル オークは、オーデマ ピゲの名にふさわしい時計職人の芸術的な職人技によって、限りなく貴重な存在へと高められていることが謳われる。

ロイヤル オークの広告

当時、日本でロイヤル オークを販売していた代理店による73年の広告。手首回り25cmもある関取が愛用するロイヤル オークのブレスレットに10コマ足して対応したエピソードを基に、ロイヤル オークのデザインの優秀さを訴求する点がユニークだ。

 さらに、ジェンタが手掛けたロイヤル オークのケース造形は、多くの面を持つ立体的な形状に加え、ポリッシュとヘアライン仕上げが多用されていたため、その複雑さも高額の要因であった。実際、ケース製造を請け負ったファーブル・ペレ社は、スティール素材の硬さから、プロトタイプをホワイトゴールドで製作したほどだ。

 かように、当時の切削技術では製造困難なほど複雑な形状を持って誕生したロイヤル オーク。今なお受け継がれる外装のハイライトは、手作業で面取り部分にポリッシュ、上面にヘアライン仕上げが施された八角形ベゼルとメタルブレスレット、ギヨシェ彫り専用のアンティークマシンによって文字盤に入れられたタペストリー模様、そして、文字盤の中心に向かってすり割りが平行に統一された六角形のホワイトゴールド製のビス、同じくゴールド製の時分針、アプライドアワーマーカーである。

ロイヤル オーク

八角形のベゼルにはポリッシュとヘアライン仕上げが組み合わせられ、歪みのない完璧な鏡面と精緻な筋目が職人の手作業で施される。ゴールドよりも硬いステンレススティールの仕上げには、熟練した職人技が不可欠である。このベゼルの仕上げだけで70以上の工程があるという。
ロイヤル オーク

ロイヤル オークの針は手作業で取り付けられる。スポーティーでありながらも薄型のロイヤル オークは、ドレスウォッチ並みに針と文字盤のクリアランスが詰められているため、高い視認性と同時に高級感も感じさせる。

 こうした独自の外装に施された面取り、ポリッシュ・サテン・ヘアラインなどの仕上げ作業には、ベゼルだけで70工程以上、合計162工程で5時間以上を費やしている。ちなみに、ひとつのタペストリーダイアルを彫るために、文字盤はギヨシェマシンで154回転するということだ。なお、ラグジュアリースポーツウォッチの証しとも言える一体型メタルブレスレットは、154点の部品で構成され、そのリンクは15点以上のパーツから成る。参考までに、SS製ロイヤル オーク41mmモデル(15400ST)の1コマの重さはわずか3.004gである。

タペストリー模様

文字盤にはアンティークのギヨシェマシンによって立体的なタペストリー模様が刻まれる。ひとつひとつの模様を構成する小さな台形の4面がそれぞれに光を反射するため、文字盤は深みのある独特な輝きを放つ。
ロイヤル オーク ブレスレット

ロイヤル オークのケース一体型ブレスレットは、バックルに向かってリンクのサイズが徐々に小さくなっていくため、部品点数は必然的に多くなり、合計154点の部品で構成される。

 1本の腕時計につき、モデルにもよるが、200~648点の総パーツが使用されるロイヤル オークは、ケース製造だけでも10時間以上を要し、これは50年間変わらず、ひとつひとつハンドメイドされている。2014年以降、8年連続で年産4万〜4万5000本製造してきた同メゾン。22年には増産され、年産5万本の製造を予定するが、それでもロイヤル オークをはじめ、多くのモデルの完売状態が続くのは、決して品質に妥協しない手の込んだ製造手法を代々受け継いでいるからにほかならない。ゆえにオーデマ ピゲの腕時計は入手困難なのだ。

ロイヤル オーク

誕生50周年を迎えた2022年の新作ロイヤル オークは、ディテールが変更され、さらに完成度を高めた。ケースサイドから見ると、これまで長方形だったラグの形状が台形に変更され、より薄くなったブレスレットに対応しているのが見て取れる。

 1972年の誕生以来、その原点を見失うことなく、だが常に新たな発見と挑戦を盛り込んで製造され続けてきたロイヤル オークは、この50年間で約550モデルが製造されてきた。現在、オーデマ ピゲの現行品は250モデルを数え、今年は約5万本の製造を予定しているため、各モデルの生産本数は平均すると約200本ということになるが、今や世界中にブティックやAPハウスが80店舗あるため、この数がいかに少ないかが分かるだろう。だからこそ、ロイヤル オークは稀少性が高いのだが、職人や技術者の卓越した手作業の成果であると同時に、ブランド哲学が体現され、かつ現在、同メゾンが注力するブティックやAPハウスでの充実したホスピタリティの総合体であるからこそ、入手困難ではあるが、それを手にした悦びはひとしおなのだ。

ロイヤル オーク

従来は均一だったブレスレットの厚さが、新作では最初の4コマが徐々に薄くなり、それ以降が均一に変更された。加えて、ブレスレット自体も以前より全体的に薄くなった。

ロイヤル オーク

ケースと一体型のラグに施された面取りの面積が大きくなり、ポリッシュとヘアライン仕上げのコントラストが一層強調された。