2022年、誕生50周年を記念して、ディテールに手を入れ、一層完成度を高めた新作を発表したオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」。その魅力の源泉を、アイコンモデル誕生秘話とロイヤル オークにまつわる知られざる“数字”に注目し、解説していく。
2022年7月掲載記事
アイコンモデル誕生秘話とロイヤル オークにまつわる知られざる“数字”
1972年に誕生したオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」は今年50周年を迎えた。ロイヤル オークの〝生みの親〞として、真っ先に名前が挙がるのが、今や伝説のウォッチデザイナーとして知られるジェラルド・ジェンタだろう。だが、彼はあくまでもプロダクトデザイナーであり、そこには当然、依頼主が存在する。その依頼主こそが、当時のオーデマ ピゲ グローバルCEOであったジョルジュ・ゴレイである。
70年4月、ゴレイはジェンタにそのデザインを発注した。だが、電話で依頼したためか、ジェンタは、これまでにない〝革新的なスティールウォッチ〞を〝革新的な防水性のあるスティールウォッチ〞と聞き間違えた。この勘違いによって、ロイヤル オークが誕生したのだから、歴史とは異なものである。ゴレイから午後4時に電話で依頼を受けたジェンタは、たった一晩でロイヤル オークの最初のデザイン画を描き上げた。翌71年12月には「ロイヤル オーク」というモデル名が考案され、ゴレイの依頼からわずか2年後の72年4月15日には発売されるという電光石火の開発であった。しかも当初、ゴレイは1000本の限定販売を予定していた。これは生産前に配給会社の注文を取り付け、ジェンタデザインで限定販売するという、彼の成功への秘策でもあった。
さて、72年に発売された初代ロイヤル オークは、当時としては大型の直径39mmのケースであったため〝ジャンボ〞というニックネームで呼ばれたが、ステンレススティールケースながら、ゴールドウォッチよりも高額な3300スイスフラン(当時のレートで26万7000円=現在の価値で約137万円に相当)という価格設定も前代未聞であった。搭載するムーブメントは、高級機が搭載する薄型自動巻きのキャリバー2121。加えて革新的だったのは、実用的なステンレススティールを採用したスポーティーな外装を持ちながらも、ドレスウォッチのような薄型ケースを実現し、かつドレスウォッチ以上の防水性を備えていた点だ。オーデマ ピゲが当時の広告で「ゴールドウォッチよりも高いスティール時計」と謳った理由のひとつである。
さらに、ジェンタが手掛けたロイヤル オークのケース造形は、多くの面を持つ立体的な形状に加え、ポリッシュとヘアライン仕上げが多用されていたため、その複雑さも高額の要因であった。実際、ケース製造を請け負ったファーブル・ペレ社は、スティール素材の硬さから、プロトタイプをホワイトゴールドで製作したほどだ。
かように、当時の切削技術では製造困難なほど複雑な形状を持って誕生したロイヤル オーク。今なお受け継がれる外装のハイライトは、手作業で面取り部分にポリッシュ、上面にヘアライン仕上げが施された八角形ベゼルとメタルブレスレット、ギヨシェ彫り専用のアンティークマシンによって文字盤に入れられたタペストリー模様、そして、文字盤の中心に向かってすり割りが平行に統一された六角形のホワイトゴールド製のビス、同じくゴールド製の時分針、アプライドアワーマーカーである。
こうした独自の外装に施された面取り、ポリッシュ・サテン・ヘアラインなどの仕上げ作業には、ベゼルだけで70工程以上、合計162工程で5時間以上を費やしている。ちなみに、ひとつのタペストリーダイアルを彫るために、文字盤はギヨシェマシンで154回転するということだ。なお、ラグジュアリースポーツウォッチの証しとも言える一体型メタルブレスレットは、154点の部品で構成され、そのリンクは15点以上のパーツから成る。参考までに、SS製ロイヤル オーク41mmモデル(15400ST)の1コマの重さはわずか3.004gである。
1本の腕時計につき、モデルにもよるが、200~648点の総パーツが使用されるロイヤル オークは、ケース製造だけでも10時間以上を要し、これは50年間変わらず、ひとつひとつハンドメイドされている。2014年以降、8年連続で年産4万〜4万5000本製造してきた同メゾン。22年には増産され、年産5万本の製造を予定するが、それでもロイヤル オークをはじめ、多くのモデルの完売状態が続くのは、決して品質に妥協しない手の込んだ製造手法を代々受け継いでいるからにほかならない。ゆえにオーデマ ピゲの腕時計は入手困難なのだ。
1972年の誕生以来、その原点を見失うことなく、だが常に新たな発見と挑戦を盛り込んで製造され続けてきたロイヤル オークは、この50年間で約550モデルが製造されてきた。現在、オーデマ ピゲの現行品は250モデルを数え、今年は約5万本の製造を予定しているため、各モデルの生産本数は平均すると約200本ということになるが、今や世界中にブティックやAPハウスが80店舗あるため、この数がいかに少ないかが分かるだろう。だからこそ、ロイヤル オークは稀少性が高いのだが、職人や技術者の卓越した手作業の成果であると同時に、ブランド哲学が体現され、かつ現在、同メゾンが注力するブティックやAPハウスでの充実したホスピタリティの総合体であるからこそ、入手困難ではあるが、それを手にした悦びはひとしおなのだ。