[Japan Limited]
7時位置に秒針を備えた日本限定モデル。標準的な39mmサイズではなく、36mmケースを採用。手巻き(Cal.102.0)。2万1600振動/時。26石。パワーリザーブ約48時間。18KRG(直径36mm、厚さ8.32mm)。3気圧防水。280万円。3月発売予定。
右:テフヌート
[Japan Limited]
“ジャパン・リミテッド”の18K WGモデル。末広がりのケースを持つベヌーやアトゥムに対し、テフヌートは裏側に向けてケースを絞っている。そのため腕上では実寸以上に小さく感じる。小さなムーブメントに対応させるためリュウズは小ぶりだが、巻き上げや針回しの感触も良好だ。290万円。3月発売予定。
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
モリッツ・グロスマンの新たなベースムーブメントとして
2015年に発表されたCal.102.0。
これまで堅牢さを最重要視してきた同社だが、今回は拡張性と審美性に大きな配慮が加えられた。
これを可能にしたのは、オフセットした駆動輪列。
設計陣は扱いが難しいこの“近代的な輪列”を、どのようにフィットさせたのだろうか。
ムーブメントの設計にあたって、堅牢さを重視してきたモリッツ・グロスマン。あえて拡張性を考慮せず、可能な限りムーブメントを大きく厚く作るという思想は、同社のムーブメントに往年の懐中時計のような頑強さを与えた。しかし同社は、薄型化・小型化というトレンドにも無関心ではなかったようだ。2015年発表の「テフヌート」には、頑強さと薄さを両立させた新ムーブメント、キャリバー102・0が搭載されたのだ。一般的に、ムーブメントが薄く小さくなるほど、耐久性と精度は悪くなる。それらを悪化させず、むしろどう改善していくかが、近代の腕時計用ムーブメントの歴史であった。設計を担当したイェンス・シュナイダー氏とノルウィート・ウィンデッカー氏は、102系の設計要素をこう説明する。
「狙いはふたつ。付加機能を載せるベースにすること、そしてムーブメントの造形をより明確に見せること」。〝タフネス〟が条件に挙がらなかったのは、同社にとっては言うまでもない事項だからだ。 |
Cal.102.0
テンプを強調した構成を持つ手巻きムーブメント。2番車を中心から外し、地板をフラットに成形することでクリーンな意匠を得た。直径26.0 mm、厚さ 3.45 mmというサイズは決して薄くないものの、堅牢さを考慮したうえでの寸法と考えれば、見事という他はない。 |
裏側から見たCal.102.0。「簡潔で美しいムーブメントを作りたかった」というウィンデッカー氏の意図は明白。中心に見えるのは、“2番車”ではなく“2番カナ”。3/5プレートから香箱を少し覗かせているのは「香箱は最も美しいパーツなので、チラリと覗かせたかった」とのこと。
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審美性に関して、ウィンデッカー氏はさらにいくつかの配慮を加えた。ベヌー・トゥールビヨン以降に採用されたARCAP製の歯車は、ムーブメントの色味をシルバーに統一するためのもの。さらにテンプ受け上に備えられた緩急微調整機構は、調整幅が狭められたうえ、テンプ受けの中に内蔵された。緩急針の在り方に関しては、シュナイダー氏以上に〝原理主義者〟であるウィンデッカー氏。彼はA.ランゲ&ゾーネの時計学校で講師を務めた経歴を持つ。「よく調整されたムーブメントならば、緩急針の位置は、自ずとテンプ受けの中心に来るはずです」。 |
もっとも審美性を意識しても、時計としての在り方をおろそかにしない点はモリッツ・グロスマンらしい。地板の日の裏側は開口部が極端に小さくなり、余計な穴も省かれている。薄い地板の剛性を確保するためである。地板を削りたくないためか、ベヌーに比べてストップセコンド機構は細く簡潔になった。しかし相対的に小さくなったテンワの慣性モーメントを考えれば十分な仕様だ。同様に巻き上げ機構も小型化されたが、耐久性を高めるためいっそうユニット化された他、一部の部品も強固にされた。ちなみに筆者は、小径のムーブメントを大きなケースに収めることを好まない。美観を損なうだけでなく、ムーブメントへの負荷が大きくなるためだ。しかしグロスマンは巻き上げ機構を強固にすることで対応する。〝汎用機〟としての拡張性は、巻き上げ機構にも反映されたわけだ。
耐久性への配慮は、香箱とテンプの関係にも見て取れる。主ゼンマイのトルクは700g・㎜。ETA2892-A2より弱いが、プゾー7001よりはわずかに強い。しかしテンワの慣性モーメントは13g・㎠とプゾーの3倍近い。弱い主ゼンマイで大きなテンプを回し、しかもパワーリザーブを延ばせた理由は、ウィンデッカー氏のいう「バネ性の弱いヒゲゼンマイ」にある。ちなみに筆者は、ヒゲゼンマイの弾性を弱めてテンワの慣性を大きくする、またはパワーリザーブを延ばすという近年の設計思想を好まない。ただし振動数を1万8000振動/時から2万1600振動/時に増やす程度ならば、十分許容範囲だろう。グロスマンは現代的な設計思想を採り入れても、決して過剰にはならないのである。
右上:Cal.102.0が搭載する主ゼンマイのトルクは700g・㎜と標準的なもの。しかしベヌー・トゥールビヨンと同じジュエル受けの香箱を採用し、偏心対策とアガキ調整に対応させている。
左下:ベリリウムカッパー製のテンワは13g・㎠という、比較的大きな慣性モーメントを持つ。T0時の振り角は約300度、T24時でも約270度を保つ。平縦差も20〜30度以内と優秀だ。
そもそもキャリバー102系は、2針のムーブメントとして設計されていた。しかし16年発表の日本限定モデルでは、7時位置に秒針を設けている。設計時に意図しなかった秒針を加えてなお、ダイアルの配置に無理がないのは写真が示す通り。企画した日本法人の慧眼もさることながら、秒針を加えても違和感がないように設計した、設計陣の手腕こそ賞賛されるべきだろう。拡張性を重視した新型キャリバー102系。やはりその設計は、モリッツ・グロスマンらしい独創性と入念な配慮に充ちたものだった。