時計業界を挑発するルイ・ヴィトンのウォッチメイキング

2023.12.13

ジャン・アルノーの下で大きく変わったルイ・ヴィトンのウォッチメイキング。新しいタンブールで時計好きの心をつかむだけでなく、独立時計師を支援する独自のアワードを新たに創設した。そんな試みの第一歩が、アクリヴィアとのコラボレーションである。名前を売るための施策と思いきや、お披露目されたプロダクトと関わった人々のパッションは、良い意味で、筆者の期待を裏切るものだった。

広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)

[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]

ルイ・ヴィトン × アクリヴィア

 2023年の9月中旬、筆者のもとにルイ・ヴィトンからメッセージが届いた。曰く「来月頭に新作を発表するのでカリフォルニアに来ませんか」。わざわざアメリカでどんな時計を発表するのかと尋ねたところ、詳細はまったく分からない、誰も知らされていない、とのこと。筆者はタンブールの仕様違いと予想していたが、出発直前に見たジャン・アルノーのインスタグラムで疑問は氷解した。発表されるモデルは、なんとアクリヴィアとのコラボレーションだったのである。

LVRR-01 クロノグラフ・ア・ソヌリ

LVRR-01 クロノグラフ・ア・ソヌリ
著名な独立系ウォッチメーカーとのコラボレーションをスタートさせたルイ・ヴィトン。その第1作はクロノグラフ針が文字盤を1周するごとに音が鳴るチャイミング・クロノグラフだ。アクリヴィアのプロダクトでありながらも、随所にタンブールのディテールが盛り込まれている。5分間トゥールビヨン。手巻き(Cal.LVRR-01)。41石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Pt(直径39.9mm、厚さ12.2mm)。30m防水。世界限定10本。参考価格7931万円。
(右)ケースの裏側には、パラジウムゴールド製の地板に施されたエナメルダイアルが設けられた。赤い針は60分積算計、シルバーの針は60秒積算計。別の動力源を使うことで、積算1分ごとにチャイムが鳴るようになっている。
(下)ケースの側面は厚みを感じさせるが、実は12.2mmに抑えられている。ケースの仕上がりは抜群だ。

 現在、ルイ・ヴィトンは、ジャン・アルノーの指揮下で、プロダクトを大きく刷新した。基幹コレクションとなるのは、時計好きを強く意識した新しい「タンブール」。アメリカで発表されるアクリヴィアとのコラボレーションは、ルイ・ヴィトンのプレゼンスをさらに高めることは間違いない。

 お披露目の会場となったのは、カリフォルニアのリゾート地であるサンタバーバラだった。ホテルからクルマに揺られて約20分。会場に到着するとジャン・アルノーとアクリヴィアのレジェップ・レジェピが迎えてくれた。テーブルの上に恭しく飾られているのが、新しいルイ・ヴィトン×アクリヴィアである「LVRR-01クロノグラフ・ア・ソヌリ」だ。

(上)「LVRR-01」のワールドプレミア会場となったヴィラ・ボーモンの全景。会場にはレジェップ・レジェピの奥さんも姿を見せていた。
(下)邸宅内に設けられたLVRR-01の展示スペース。世界中から招かれた十数名のジャーナリストが、ジャン・アルノーとレジェピの声に耳を傾けた。

 一見シンプルな時計だが、裏側にはクロノグラフ用の60分積算計がある。加えて、クロノグラフを作動させると、1分ごとに1回音が鳴るとのこと。もっとも、音の鳴るクロノグラフならば、クリストフ・クラーレの「マエストーゾ」やオメガの「クロノチャイム」などがすでにある。なぜあえて作ったのか?

 レジェピは語る。「私は昔、BNBコンセプトを創業したエンリコ・バルバシーニやミシェル・ナバスの下で働いていたし、BNBの5分間トゥールビヨンクロノグラフムーブメントはアクリヴィアの第1作でも使いました。今回は、そこに、さらにクロノグラフと香箱を加えたのです」。つまりは、19世紀の懐中時計に見られた、独立輪列のクロノグラフということか?

「いや違うのです。別の香箱で駆動されるクロノグラフ機構は、同時に1分ごとのチャイムを鳴らすだけでなく、通常輪列の補助動力の役目も果たすのです。つまり、クロノグラフを使ってもテンプの振り落ちはなく、精度に悪影響もありません。一種のコンスタントフォースと言っていいでしょう」

ルイ・ヴィトンとアクリヴィアのコラボレーションモデル「LVRR-01」のワールドプレミア会場に選ばれたのは、アメリカ合衆国カリフォルニア州南部のサンタバーバラにある邸宅ヴィラ・ボーモン。当日は、エントランスからルイ・ヴィトン仕様になっていた。会場にあえてアメリカを選んだのは、既存のウォッチメイキングとの違いを出すためか。

 普通の3針並みのケースを見ると、この中にさまざまな機構が詰め込まれているとは信じがたい。「直径は40㎜以下、厚みも12㎜程度に抑えたかったのです。技術的には困難でしたが、私たちはこのムーブメントにノウハウを持っていましたから」とレジェピは語る。

 レジェップ・レジェピ銘のコレクションからクロノメトリー、つまり精度を前面に打ち出すようになったアクリヴィア。しかし、精度とは無縁のチャイミング・クロノグラフで、まさか精度を追求するとは想像もしていなかった。しかも、ふたつの香箱というユニークなメカニズムで、だ。

ベースとなったのは旧BNBコンセプト製の5分間トゥールビヨンクロノグラフムーブメント。しかし、香箱やチャイミング機構の追加など、全面的に見直された。現場で見たのはあくまでプロトタイプだったが、仕上げは極めて良い。特に、深くて細いアミダを持つアクリヴィアらしい歯車に注目。

 ちなみに別の香箱を補助動力に使うのは、かつてのフランソワ-ポール・ジュルヌが好んだ手法でもある。その傑作が旧ジャケ(現ラ・ジュー・ペレ)のフドロワイヤントクロノグラフムーブメントだ。これはジュルヌがTHA在籍時に設計したもので、ETA7750の文字盤側に設けた追加香箱で、8分の1秒計測を可能にしたクロノグラフだった。新作はジャケのフドロワイヤントを思わせると指摘したところ、レジェピはニヤリと笑った。つまりは、当たらずとも遠からず、なのだろう。彼の師匠がジュルヌであると考えれば、十分ありそうな話だ。

 もっとも、アイデアは良いけれど、製品版では改良を加えたい、とレジェピは語る。「補助動力用の香箱は主ゼンマイのトルクがやや強いのです。そのため、クロノグラフを使うと、むしろテンプの振り角が上がってしまう。280度ぐらいまで収めたいですね」。

(左)トゥールビヨンキャリッジの取り付け。文字盤側に水平クラッチを持つムーブメントの余白に、巧
みにチャイミング用のハンマーとゴングを格納しているのが分かる。
(右)文字盤に採用されたのはスモーク仕上げのサファイアクリスタル。インデックスのキューブには、プリカジュールエナメルが充填されている。

 意外だったのは、ケースのデザインだ。ケースは明らかにタンブールとは異なりますね、とジャン・アルノーに感想を述べたところ、「いや、これはタンブールです」と彼は即答した。「ケースは下方向に向けて膨らんでいるし、リュウズなどもタンブールをモチーフにしていますから」。注意深く見ると、四角いインデックスも、なるほど「タンブール スピン・タイム」を思わせるものだ。コラボレーションを組むに当たって、ルイ・ヴィトンは押しつけがましくない程度に、過去作のディテールを盛り込んだというわけだ。ジャン・アルノーは笑いながらこうも語った。

「ロゴを見てください。実は表面には、ルイ・ヴィトンと記されていないのです。私たちとしては初の試みですね」

 ケースを製造するのは、アクリヴィアで働く、かのジャン-ピエール・ハグマンだ。プラチナのリングをフライスで切削し、そこにラグを取り付けるのはレジェピ銘のアクリヴィアに同じ。しかし、ケースの厚みを考慮して、ラグが下方向に伸ばされたほか、角もギリギリまで立てられた。その鋭利で複雑な造形は、ラグとケースの一体成形では決して実現できなかったものだ。非常に魅力的なケースだが、レジェピは「製品版までには、少しだけラグの造形を変えたい」と語る。また「文字盤の開口部も、分からない程度に手を加えたい」と言う。

(左)裏蓋側にはアクリヴィアらしい1枚の受けが据え付けられる。ロゴはすべて手彫り。ダイアルで隠
されるのは惜しいほどの仕上げだ。
(右)裏蓋側には古典的なエナメル文字盤が取り付けられる。表側のサファイアクリスタル文字盤とは対照的な素材を使うことで、新旧を表現しているとのこと。なお、エナメル文字盤の外周に張り出しを設けて、文字盤とケースが直接当たらないようにしているのは、ルイ・ヴィトンらしい配慮だ。ラグに施された「JPH」の刻印に注目。

 うまいと思ったのは、旧BNBコンセプトのトゥールビヨンエボーシュをベースに選んだことだ。もちろん、レジェピならば、一から同じ機構を作れただろう。ただし、現時点でさえ長い納期のアクリヴィアに、新規にムーブメントを起こせる余力はない。エボーシュのブラッシュアップという原点に回帰することで、本作は、アクリヴィアとしては例外的に納期は短くなるはずだ。

 ちなみにルイ・ヴィトンが公表した生産本数はわずか10本。加えて2本が、ジャン・アルノーとレジェップ・レジェピ用に製造されるとのこと。筆者はジャン・アルノーに、なぜ独立時計師と組んだのか率直に尋ねた。名前を売るにはニッチすぎるし、10本限定では採算も取れないだろう。彼ははっきりと回答した。「今多くのコレクターたちが、アンティークウォッチを語っているでしょう。今の時計ではないんですね。私は、今の時計にも目を向けて欲しいと思っているし、そのためには面白い時計を作らなければ、と考えているのですよ」

(左)本作はトランクも特製だ。ミニッツトラックやアクリヴィアのロゴはすべて手書きである。
(右)トランクの蓋を開けると、レジェップ・レジェピ、ジャン-ピエール・ハグマン、そしてエナメル文字盤を製作したニコラ・ドゥブレルのサインが再現されている。

 もちろん、ビジネスとしての将来は十分考えているだろう。しかし、ジャン・アルノーは、時計業界全体の未来も見ているわけだ。正直、彼がここまでの時計好きとは、誰が予想しただろうか?

 時計業界を挑発するようなルイ・ヴィトンの新しい試み。ルイ・ヴィトン曰く、本作を皮切りに、独立系メーカーとのコラボレーションが、2023年から毎年5つ続くとのこと。ジャン・アルノーはこうも語った。「私は独立時計師たちの試みは、今後10年、15年、20年と続いていってほしいと願っています。私たちルイ・ヴィトンがそれをお手伝いでき、そして興奮をもたらすことができれば、それは時計業界にとってプラスになるでしょうね」


Contact info: ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854


ウォッチメイキングの限界に挑むルイ・ヴィトンの新たな挑戦

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