オリスの2024年新作、「アクイスデイト」のアップサイクルダイアルモデルを着用レビューする。基本的なデザインを変えることなく、細部を改めたアクイスデイトの現在地と、環境保護活動に精力的に取り組むオリスが生んだユニークなダイアルの魅力を探る。
Text & Photographs by Tsubasa Nojima
[2024年5月7日公開記事]
オリスの生真面目さを体現する新型「アクイスデイト」
「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ2024」が閉幕し、今年も各社から多くの新作が出そろった。ひと口に新作と言っても、新規のコレクション、既存コレクションのバリエーション、既存コレクションのモデルチェンジ等、複数のパターンがある。モデルチェンジの場合には大抵、新旧の違いがひと目で分かるものだが、今年の新作にはその例外が存在していた。オリスのダイバーズウォッチ、「アクイスデイト」だ。新作が発表された後、筆者はパソコンの画面越しに新旧の写真を見比べたが、その違いを完全に見出すことはできなかった。
新作「アクイスデイト」のアップサイクルダイアルモデル。溶解した海洋プラスチックごみを用いたカラフルなダイアルは、ひとつとして同じものがない。自動巻き(Cal.Oris733)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径41.5mm)。300m防水。41万8000円(税込み)。
プレスリリースを基に、主な変更点を挙げる。装着感の向上を狙い、ラグとブレスレットの形状を見直したこと、リュウズガードの形状を改め、安全性を向上させたこと、インデックスと針の形状を改め、さらなる視認性の追求を行ったこと、ダイアルカラーに調和したデイトディスクにアスレチックなイメージのフォントを採用したことだ。これらの情報をインプットしてから時計店で新旧を並べて観察すると、見た目にはマイナーアップデートだが、外装のほぼすべてのパーツに見直しが入っていることが分かる。
筆者としては、なぜここまで徹底して地味なモデルチェンジを行ったのかを疑問に思った。例え細かな形状変更であったとしても、パーツを製造するための金型や治具等を新規に作成したり追加工を行ったりと、相応のコストがかかるからだ。かかったコストを回収するには、製品が売れなければならない。しかし、変化が微小であれば前作のモデルのユーザーに対する訴求は難しいだろう。逆に派手な変化を加えれば、前作への駆け込み需要が見込めるうえに、購入者のパイも広がるはずだ。
これは筆者の想像でしかないが、恐らくオリスは足元の売上よりも将来的な価値の向上を重視しているのではないだろうか。頻繁に印象を変えるようなモデルチェンジは、コレクションの軸に揺らぎを与え、ブランドを象徴するモデルが育たなくなってしまう。着実なアップデートを続けることで、歴史ある時計ブランドとしての盤石な地盤を固めていっているのだろう。2011年に登場した比較的若いコレクションであるアクイスであれば、なおさらだ。改良すべき点を洗い出し、ひとつひとつ潰しこんでいく。その姿勢には、オリスらしい生真面目さが感じられる。長期的な視点を持ちやすい、独立ブランドらしい戦略だ。
そんな“馴染みのある新作”であるアクイスデイト。その熟成具合はいかほどか、実機を基に確認していきたい。今回レビューを行う対象は、41.5mmケースのアップサイクルダイアルモデルだ。
オンリーワンのマーブル模様
本作の最大の特徴は、リサイクルPETをアップサイクルして出来上がったダイアルにある。アップサイクルとは、本来廃棄されてしまうようなものに手を加えることで、付加価値のある別の物に生まれ変わらせることだ。オリスではこの他、害獣として駆除された鹿の革を活用するチェルボボランテ社とのコラボレーションによって、自然な風合いを生かしたレザーストラップを複数のモデルに採用しており、これもアップサイクルの一例だ。
本作のカラフルなダイアルは、#tide社とのコラボレーションによって実現したものだ。原料となるのは、海洋プラスチックごみ。深刻な環境問題のひとつとしても取り上げられる海洋プラスチックごみを、オリスは魅力的なダイアルへと変貌させた。その製造方法ゆえ、同じ模様のダイアルはひとつとして存在しない。
赤や青、白といったさまざまな色味が複雑に混じりあうダイアルは、ごちゃごちゃしているように思えるが、意外にも視認性は高い。その秘訣はインデックスと針のデザインにある。盾形のインデックスは、内側に向かって落ち込むように斜めのカットが施され、中央には幅広の蓄光塗料が塗布されている。同じく蓄光塗料を塗布されたアルファ型の時分針に関しては、時針を太く分針を細く長くすることで、それぞれの針を見分けやすくしている。視認性に長けているだけではなく、それぞれのインデックスや針にバリが見られないことも見逃せないポイントだ。これらの側面にバリが残っていると、光を乱反射させてしまい、見た目にも雑な印象が残る。
アイコニックなラグレスケース
アクイスは、ラグのないケースデザインを特徴とするダイバーズウォッチだ。今回のリニューアルにあたっては、ラグとリュウズ、リュウズガードの形状を見直しているが、2011年の登場時から基本的なデザインは変わっていない。
精密感のあるシャープなエッジが連なるケースは、サテン仕上げを基調としつつ、ブレスレットとの接合面の上部にポリッシュを加えている。実用重視のスポーツウォッチには、粗目のサテン仕上げが与えられることが多いが、本作のサテン仕上げは比較的薄く繊細に施されている。
逆回転防止ベゼルもシャープな印象をもたらしている。縁に施された滑り止めはビシッとエッジが立ち、山の部分のポリッシュ、谷の部分の梨地仕上げがメリハリを付けている。 セラミックス製インサートは、柔らかな印象をもたらすグレーカラー。ホワイトの目盛りははっきりとしており、回転させた際の表示のズレもない。操作感は至って軽快であり、精密さを感じさせる1周120クリックの仕様を持つ。
リュウズガードはミドルケースと別パーツであり、ネジで固定されている。リュウズの根元をしっかりと保護しながらも、操作性を犠牲にしない程度に厚みを抑えられている点は、実用時計を作り慣れたオリスらしい配慮だ。実際に時刻調整を行う場合でも、リュウズガードを邪魔に感じることはなかった。
ケースバックはシースルー仕様だ。同社を象徴するレッドローターを備えたCal.Oris733を鑑賞することができる。高い防水性を持つダイバーズウォッチでありながら、シースルーバックを採用しているのは、機械好きにとってはうれしい限りだ。
ステンレススティール製のブレスレットは、3連のコマによって構成されている。中央はサテン、両サイドはポリッシュに仕上げられ、上品な印象だ。バックルには厚みが持たされており、ケースとの重量バランスを取りつつ、剛性感を高めている。プッシュボタンによって開く3つ折れ式を採用し、開閉の操作感はスムーズだ。バックル側面の穴からバネ棒を突くか、エクステンションを広げることで若干手首回りのサイズを変更することができる。ちなみに、Cal.400搭載モデル、もしくは36.5mmケースモデルのバックルには、ワンタッチで微調整可能なクイックアジャストクラスプシステムが採用されている。本作にも同様の現代的な微調整機構が備わっていれば、なお良かっただろう。
着けても楽しいカラフルフェイス
本作のケース径は41.5mmだが、ラグの無いケースデザインから想像できるように、実際に腕に装着すると、数値より若干小ぶりに感じる。一般的な時計では、ケースからラグが伸び、その先端からベルトにつながるが、アクイスではケースからすぐにベルトにつながるため、腕のカーブに沿いやすいのだ。
カラフルなダイアルは、先述したように十分な視認性が確保されている。デイト表示も見やすく、時計としての機能を十二分に発揮してくれる。
何よりも、見ているだけで楽しい気分になれるダイアルというのは理屈抜きに良い。筆者はダイアルのカラーに関してどちらかと言えば保守的で、ブラックやホワイト、またはブルーあたりを好んできたが、本作を着用してその考えを改める必要があると気付かされた。
セラミックス製インサートのグレーも、良い仕事をしている。マーブル模様のダイアルと硬質なステンレススティール製のケースが直接つながると、そのギャップにチグハグさを感じるだろうが、間にグレーが挟まることによって、見事にその違和感を打ち消している。
オリスの哲学“Go your own way”
本作の特徴であるアップサイクルダイアル。率直に言えば、初見でイロモノっぽさを感じたことも否めない。ただ、見れば見るほど、使えば使うほどに、その中に秘められた今の世の中を色濃く反映した魅力に気付かされた。
そのひとつが、ユーザーだけでなく、本作を知った人に対しても、環境問題に意識を向けさせられるということだ。カラフルなダイアルは人目を引く。話題作りにもひと役買ってくれることだろう。そうすれば自ずと、海洋プラスチックごみの話になる。ユーザーを通して、オリスは環境問題を広く啓蒙することができるのだ。
もうひとつの魅力は、“自分だけの1本”という夢が叶うことだ。さまざまな色味のリサイクルPETを用いたアップサイクルダイアルは、ひとつひとつ異なる模様を持つ。腕時計に頼らずとも時刻を知ることができる現代において、腕時計はユーザーの個性を表現するツールとしての側面も強くなってきた。そうであれば、自分だけの1本を持ってみたいと思うもの。しかし、1点モノのユニークピースは一般的に非常に高額であり、おいそれと手が出るものではない。手頃な価格帯でその夢を叶えてくれるのは、本作の大きな魅力なのだ。
そして忘れてはならないのが、着実に完成度を高めていくオリスの姿勢だ。繰り返しになるが、本作は2024年の新作である。パッと見ただけでは前作との差は分からないが、インデックスや針、ケース、ブレスレットに至るまで細かな改良が加えられている。前作と比較せずとも、その完成度が熟成の域に達していることは十分に実感できるレベルだ。
“Go your own way”とは、オリスの哲学である。同社が大切にする価値観を盛り込み、芯の通ったラインナップを展開する同社は、これからも我が道を邁進し、着実に歩を進めていくことだろう。
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