いま注目すべき時計のトレンドを変える新潮流

2017.04.03

[THEME① 変化する設計思想]

各社が注力する自社製ムーブメント。しかし10年前と比べて設計思想は全く変わったといえる。
かつて設計者たちが追求したのは、量産メーカーとしての思想をできるだけ忠実に再現することだった。
しかし今や、それに留まらない新しいアプローチが散見されるようになった。

[THEME①-1]
振り角は高い方から低い方へ

ムーブメントの設計で、10年前と最も異なる要素を
挙げるならばテンプの振り角になる。
携帯精度を改善するため、かつてテンプの振り角は、“高ければ高いほど良し”とされた。
300度は当たり前で、340度を超えるものさえ少なくなかったほどだ。
しかし今やテンプの振り角は、振り当たりを起こさない程度まで下げられた。
それを可能にした要因はロングパワーリザーブとマルチバレル化だ。

精度測定中のロレックスCal.4130。高精度で知られるロレックスだが、クロノグラフの4130にせよ、自動巻きの3100系にせよ、振り角が300度を超えることは希だ。振り当たりを嫌う同社の設計思想は、他社の基幹ムーブメントにも大きな影響を与えた。


 テンプの振り角は280度が上限だ。それ以上にすると、振り当たりを起こす」。そう語ったのは、名手フランソワ-ポール・ジュルヌである。彼の言葉通り、ジュルヌのムーブメントは上限の振り角がすべて280度だ。かつての時計師や時計メーカーならば、できるだけ振り角を高めたはずだ。しかし近年は、F.P.ジュルヌよろしく、280度から300度に抑えるメーカーが増えてきた。

 2005年頃までの各社は、可能な限りテンプの振り角を上げようとした。理由はふたつある。ひとつは外乱に強くなるため。もうひとつは、ゼンマイがほどけても、振り角を高く維持できるためだ。そのため、ブライトリングやIWCをはじめとする多くのメーカーは、テンプの振り角を330度以上、場合によっては340度も与えようとした。確かに外乱には強くなるし、例えばゼンマイを巻き上げてから24時間後でも、高い振り角を維持できる。しかし振り角を上げ過ぎた結果、これらのムーブメントは、振り当たりに悩まされることになった。これはテンプが振れすぎた結果、時計が進みすぎるという問題である。高い振り角が万能の解決策とされた時代、超高級メーカーでさえも、振り当たりという問題とは無縁ではいられなかったのである。

(左)ブライトリング「ギャラクティック・ユニタイム・スリークT」。Cal.B35を搭載したワールドタイマー。新規設計のベースムーブメントに、Cal.B05を改良した、コンパクトなワールドタイマーモジュールを採用する。自動巻き。SS(直径44mm)。100m防水。102万円。問ブライトリング・ジャパン Tel.03-3436-0011(右)「Cal.B35」。まったく新しい設計思想で設計された基幹ムーブメント。かつてブライトリングは可能な限りテンプの振り角を高めようとしたが、近年は振り当たりを起こさない程度で収めるようになった。自動巻き。41石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。

 一方で、ロレックスは、一貫して振り当たりを起こさないような振り角を与えてきた。同社が重視したのは振り角よりも等時性であり、そのためロレックスのムーブメントには、振り角が280度、場合によっては250度しかないものも存在した。自社製ムーブメントの開発が盛んになりだした頃、各社はロレックスの設計思想に対して懐疑的だった。しかし彼らはやがて、ロレックスの正しさを認識することになる。

 結果、今の設計者たちは、ロレックス同様、注意深く振り角を抑えるようになった。かつて振り角至上主義の先駆けだったブライトリングでさえも、現在の振り角は280度から300度というから大きな変化だ。もっともそれを可能にした、設計思想の進化を述べねばならないだろう。かつてのムーブメントが振り角を上げざるを得なかった理由は、パワーリザーブが40時間程度しかなかったためだ。しかし主ゼンマイの進化などにより、現在のムーブメントは、パワーリザーブは70時間近くに延びた。つまりある程度の時間が経過しても、振り角が落ちにくくなったのである。であれば、振り角を無理に上げる必要はない。パワーリザーブの伸長と振り角の抑制には、明らかに因果関係がある。パネライが好例だ。

 もうひとつの理由が、マルチバレルの普及である。1990年代の後半、いくつかの時計メーカーの設計者は、香箱の数を増やすと、振り角が落ちにくくなることを〝再発見〟した。以降現れたマルチバレルのムーブメントは、多かれ少なかれ、その思想の影響を受けたものだ。ショパールのクアトロこと「LUC9.96」や、カルティエの1904-MCなどが、好サンプルだ。事実、それぞれの設計者は、マルチバレル化のメリットとして、振り角が落ちにくいことを挙げている。

 では振り角をめぐる思想は、今後どう変わるのか。今後も振り角は、振り当たりを起こさない程度に抑えられるだろう。しかしいっそうの高精度を目指す各社は、振り当たりを起こさないギリギリまで、振り角を上げようと試みるに違いない。