パワーリザーブ表示機構原理や有用性、メリットとデメリットを解き明かす

2019.12.12

指針式表示機構

ZEITWINKE

パテック フィリップ以降、腕時計にも普及したパワーリザーブ表示機構。その設計も、基本的には簡潔を目指したパテック フィリップと、大きく変わるところがない。事実、各社とも、パワーリザーブ表示機構に関する説明は「シンプルに作りました」がほとんどだ。対して、真逆の設計思想を選んだのが、ツァイトヴィンケルである。しかも選んだのは、より複雑な指針式。なぜ彼らは、ここまで複雑な機構を作ったのだろうか。

273°ザフィア

273°ザフィア
ザフィアとはドイツ語で「サファイア」の意味。日本市場の要請で生まれた「273°」の文字盤違いが本作だ。サファイアクリスタル製の文字盤には、グレールテニウムのコーティングが施される。サファイアクリスタル製文字盤の歩留は決して良いとは言えず、その手間とコスト、完全にフラットな文字盤などを考えれば、この価格も十分許容範囲だ。自動巻き(Cal.ZW0103)。49石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。5気圧防水。SS(直径42.5mm)。185万円。
Cal.ZW0103

Cal.ZW0103
価格以上の仕上がりと設計を持つムーブメント。地板と受けは洋銀製、歯車は硬いベリリウム銅製。また、パワーリザーブ表示機構は注油をすることを前提に設計されている。両方向自動巻き機構も、ベリリウム銅製で、かつ遊星歯車を内蔵するという凝ったものだ。設計と企画には、高名な独立時計師が噛んだ、と聞けば納得である。

 個人的な意見を言わせてもらうと、パワーリザーブ表示はいらないと思いますね」。そう語ったのは、ツァイトヴィンケルのメンテナンスを行う、ゼンマイワークスの佐藤努氏だ。

 彼はその理由を3つ挙げる。ひとつは香箱から動力を取っている点。つまり、パワーリザーブ表示機構に問題があれば、時計自体が即止まってしまうことになる。もうひとつが、注油しないものもある点。

「一部の時計は、パワーリザーブ表示機構に油を注さないのです。おそらく、主輪列のように高速回転しないから、というのが理由でしょう。でも、香箱の動きを反映するので、パワーリザーブ表示輪列にかかる側圧は強いですよね。結果、パワーリザーブ表示機構は摩耗して、止まりの原因となる」

 そして最後が部品点数だ。先述した通り、部品点数が少ないほど時計は壊れにくくなる。しかし、パワーリザーブ表示は針を進めるためと戻すために2系統の輪列を使う。どう簡潔に設計しても、部品点数は増えざるを得ないだろう。対して、多くの時計メーカーはシンプルなものを作ろうとするが、視認性は良くない。

「だから、個人的にはパワーリザーブ表示は好きではありませんね」とは、この卓越した時計師の感想である。

Cal.ZW0103

文字盤側から見たCal.ZW0103。右上に見えるのが、説明用に取り付けたパワーリザーブ表示針である。針を戻す輪列は文字盤の12時方向から中心位置にかけて存在する。一方、進める輪列は中心位置から針方向に向けて広がる。両者を連結するのが、デイト表示の「4」の下に見える切換車だ。写真ではコンパクトに見えるが、実際のところは、かなり複雑な機構である。
パワーリザーブ表示機構側の展開図

Cal.ZW0103のパワーリザーブ表示機構側の展開図。「0103-36010」と記されたふたつの歯車が、2系統のパワーリザーブ輪列をコントロールする切換車だ。中に遊星歯車が内蔵されており、一方向の回転は伝え、逆方向の回転はスリップして先に伝えないようになっている。なお、パワーリザーブ表示機構にかかわらず、主要な歯車には注油のマークが付いている。

 しかし、ツァイトヴィンケルのパワーリザーブ表示機構はよく出来ている、とも佐藤氏は語る。

「部品点数は少なくないのです。しかし、大事なことは、パワーリザーブ表示の輪列をバラして油を注せることです」

 抵抗が少ないからパワーリザーブ表示機構には油を注す必要がない、というのが一部メーカーの見解である。とりわけ、メンテナンスの標準化が進む現在は、そうした傾向が一層強まっている。そのため、最近のパワーリザーブ機構の部品には、部品をカシメて、注油できなくしたものも増えてきた。こうなってしまうと、部品をばらすことはできないし、もちろん注油は不可能だ。設計上は問題ないのだろうが、物理的にトルクがかかる箇所はどうしても摩耗する。結果、時計はスタックしてしまう。佐藤氏が展開図を持ってきてくれた。

「これがツァイトヴィンケルのパワーリザーブ表示機構の設計図です。完全に油を注せるようになっているのがわかるでしょう? 注油するオイルは、メービスの9020系です」

 ただし、設計は相当複雑だ。パワーリザーブ輪列は途中まで2系統に分かれている。ひとつは針を進めるためのもの、もうひとつは戻すためのもの。両者は遊星歯車を用いた切換車で1系統にまとめられている。その切換車は、ちょうど片方向巻き上げのリバーサーのように働く。順方向に動く場合は、回転運動をそのまま伝える。これはパワーリザーブ針を進める場合だ。逆方向に回る場合は、切換車がスリップして、回転をシャットアウトする。こちらはパワーリザーブ針を戻す場合の働きである。