機械式時計でありながら「非物質化」と呼ばれるプロセスを用い、デジタル表示にも思える独特の時刻表示システムで、高級機械式時計に新たな地平を切り開いたレッセンス。その新作「タイプ8 インディゴ」では、日本伝統の藍染め技法で染めたシルク糸をダイアルに敷き詰め、生命の躍動を感じる有機的なパターンを描き出すことで、時刻表示の未来形を提示したのである。
分表示のメインダイアルの中に、時を示すインダイアルがあり、個々が回転しながら時刻を示す独自のシステムを搭載。シルク糸を敷き詰めた部分以外にはニュートラルグレーのPVD加工を施し、鮮烈な天然藍の色彩をより一層、際立たせている。自動巻き(Cal.2892‐2)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約36時間。Tiケース(42.9mm、厚さ11mm)。防滴構造1気圧。495万円(税込み)。
名畑政治:取材・文 Text by Masaharu Nabata
Edited by Yousuke Ohashi (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2025年1月号掲載記事]
伝統技法で覆った文字盤表現
40年ほど前、化学繊維の進歩により日常の衣類から天然素材が駆逐されるという危機感が切実なものとなった。つまりコットンのシャツやインディゴ染めのジーンズが姿を消し、まるでSF映画の登場人物が着るような伸縮性に富んだ素材に身を包むようになるというのだ。その背景にはテクノロジーの急速な進歩によって伝統的な手法や天然由来の素材が姿を消していくことへの懸念があった。そのひとつの象徴がクォーツ時計の登場による機械式時計の壊滅的な打撃だ。
だが、その急激な電子化の波にあらがい機械式時計の復興を目指す勢力が現れ、1990年代以降になると、かつて機械式時計の黄金時代といわれた50〜60年代をしのぐ勢いで機械式時計が製造されるようになったのはご存じの通り。
とはいえ、時計の進化は静かに、そして着実に進んでいた。スマートウォッチがそのひとつの典型ではあるが、もうひとつの時計の進化を具現化したのが、ベルギーの工業デザイナーであるベノワ・ミンティエンスが2010年に創業したウォッチメーカー、レッセンスである。
レッセンスは「非物質化」と呼ばれるプロセスにより光沢のある黒や白の背景にミニマルなグラフィックを表示してデジタルディスプレイのように見える独特の時刻表示システムを開発。メカニズムと視覚の両面から時計の未来形を提示した。
そのレッセンスの新作は、日本で藍染めされたシルク糸による装飾をダイアルに施した「タイプ8 インディゴ」である。ベースとなった「タイプ8」は、メインダイアル上にしるされた針とインダイアルが回転しながら互いを追いかけるように動き続ける「ROCS( Ressence OrbitalConvex System)」を採用。
ドーム状のメインダイアルに天然藍で染めたシルクの糸を螺旋状に貼り付けた特殊なダイアルを採用したのがタイプ8 インディゴだ。だが、既存のタイプ8では、ダイアル外面とサファイアクリスタルの内面との隙間は、わずか0.25mmしかない。そこでチタン製ダイアルの上面をシルク糸の直径に合わせて0.2mm削り込み、サファイアクリスタルとの隙間に収まるよう設計された。ところがダイアルには技術的な制約から0.2mmの削り込みが不可能な部分が存在する。これによりメインダイアルの一部にグレーの張り出しが残るため、これを避けて糸を貼り込む必要が生じた。その結果、樹木の年輪のような、あるいは打ち寄せる波が岸辺に描いた模様や砂丘の風紋にも見えて、光の角度によって刻々と姿を変化させる独特のパターンが生まれた。それがこれまで無機的な造形を特徴としてきたレッセンスのダイアルに、生命力に満ち溢れた有機的な躍動感を与えたのである。
太陽の恵みを受けて育った植物と、微生物によって生み出される天然藍の美しい色彩。これで染められたシルクの糸も、また蚕に由来する天然素材だ。これら有機的な営みが育んだ澄んだジャパンブルーの糸が敷き詰められたタイプ8 インディゴには、40年前には誰も想像できなかった、自然とテクノロジーが見事に融合した〝未来の時計〞の姿がある。
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