マイスタージンガー「シルキュラリス オートマティック」をインプレッション
自動巻き(Cal.MSA01)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SS(直径43㎜、厚さ13.5㎜)。デイト表示付き。5気圧防水。62万円(税別)。
時刻合わせをするときは、軽い驚きを感じるかもしれない。直径43㎜、厚さ13.5㎜の大型ケースに比して、より大きなリュウズは、もしかしたら針合わせに際して必要な相応の力を補うものなのかもしれない。ちょっとリュウズを回しただけで、軽やかに挙動する2針ドレスウォッチとは対極にある存在かもしれない。しかし、これも慣れの問題なのかもしれない。
初日は、スマートフォンのサポートが必要だった。もちろん、いつもの見慣れた時分針という黄金のコンビが存在しないという根本的な原因はあるが、具体的にいうと5分単位以降の時刻がうまく読み取れなかったのだ。例えば、6時30分は問題なく判読できるが、正時に近い、例えば6時5分以降(6、7、8、9分)の判読が難しいのだ。毎正時、15分、30分以外の時刻は、即座の判読ができないというのは、ワンハンドウォッチの宿命といえるだろう。
ここで思い出されるのは、ヴティライネンの存在だ。カリ・ヴティライネンは新作「Vingt-8 ISO」において、彼が感銘を受けたノーベル経済学賞受賞の行動経済学者、ダニエル・カーネマンが説いた人間の行動パターンのうち、システム2(Slow Thing)に共鳴を受け、とっさの判断(システム1 First thing)ではなく、熟考した上での判断を時計の時刻読み取りに求めるというアイデアを新作に盛り込んだ。より具体的にいうと、分針とベゼルが等角を維持しながら回転を続け、表示時刻を変幻自在に変えていくという奇抜なアイデアをメカニズムに落とし込んだのだ。この時計を使う人間は、しばしの間、瞬時に時刻を読み取れず、しばし熟考しながら、今現在の時の流れを感じることになるというわけだ。
いうまでもないが、マイスタージンガーの時計のコンセプトは必要最小限のインフォメーションによって正確に時刻を読み取らせることにある。しかし、細かく刻んだインデックスの間に生まれた5分間の空白を読み取るのは、ある程度のファジーさ、アバウトさといった心算が必要だろう。つまり、6時6分と7分を正確に知る必要性がある日は、この時計は身につけない。あるいは、スマホの助けを借りるのだ。とそんなことを言いつつ、数分単位を何とかジャスト近くまで判読できないかと〝訓練〟している、1本針マニアを名乗るビギナーの奮闘が続くのであった。