このエンデバー・ムーンのムーンディスクを初めて見たユーザーは、そのディスクに入ったラインを単なるデザイン要素だと誤解するかもしれない。だが、このラインには、もちろん意味と実用的な用途がある。このラインが示すのは、国際的に認定された8つの標準月相区分である。先ほどの早見表には、年ごとに、この8つの標準月相のすべてではないが、その月相が現れる日時が分単位で記される。したがって、ユーザーは、現在日時に最も近い月相を選び、その日時を分単位で設定することで、それ以降、時計を止めることさえしなければ、約1000年間に1日程度しかずれない高精度ムーンフェイズを手に入れることができるのだ。
この悦楽は、もはや、実用性とは異なるベクトルを向いたものかもしれない。本特集でも解説したように、ムーンディスクが2次元の平面ディスクである以上、実際の月相と手元の腕時計のムーンフェイズ表示は、決して100%一致することはない。だが、だからこそ、そこに想像力がはたらく余地があるとも言えるが、ただひとつ、このエンデバー・ムーンが決定的に他のムーンフェイズと異なるのは、ムーンフェイズの月の形こそ、完璧に本物の月をトレースできないが、マーケットに出回っているどのムーンフェイズ機構よりも正確に、月齢を読み取ることができることだ。
そして、H.モーザーは、この高精度ムーンフェイズにさらなる改良を加え、近いうちにニューバージョンをリリースしようと企図している。まだ、詳細をお伝えすることはできないが、その目指す方向性は、これ以上の精度を求めるのではなく、この正確なムーンフェイズの信頼性を高め、もっと使いやすくするためのモディファイであるとだけお伝えしておこう。
理論的には、コンピューターでギア比の精度を高め、それをLIGAなどの製造技法で具現化すれば、さらに高精度なムーンフェイズを追求することは十分に可能だ。実際、ジャガー・ルクルトが今年発表した「デュオメトル・スフェロトゥールビヨン・ムーン」は、3887年間にわたって精度を維持する超高精度のムーンフェイズを実現してみせた。
複雑な天体運行を手元の小さな機械式時計の中で再現するための試みとしては、技術の進展とともに、まだまだそうした精度の追求という可能性も大いにあろう。ただし、あくまで月の表情を楽しむためのムーンフェイズとしては、その表現の主軸をどこに置くかも、各メーカーの見識だ。ここで一度、精度の追求を脇に置き、ユーティリティと信頼性を見直す方向に舵を切るH.モーザーが、一体どんなムーンフェイズをリリースするのか。その見識の見極めにもなろう。
【ムーンフェイズ再発見】
Part.1:[ギミックを超える精度と実用性]
Part.2:[月齢表示高精度化への挑戦]