主任開発者イェンス・シュナイダーが語るジャンピングデイトの設計概要
まだモリッツ・グロスマン本社が、グラスヒュッテ市街のハウプトシュトラッセ(中央通り)にあったアパートに間借りしていた創業当初から、顧客からデイト付きの時計を求める声は多くありました。ですが本来、ファーストモデルのベヌー(Cal.100.0)に別の機構を載せる予定はなかったのです。載せるなら単なるモジュールではなくて、トゥールビヨンや動力機構制御などのコンプリケーションを組み込むつもりでした。そのためにベヌーのムーブメントはやや小さめに設計してありました。しかし次第に、デイト付きも悪くないと考えるようになってきました。それはベヌー・パワーリザーブ(Cal.100.2)を設計した際に、あまり厚みを増やすことなく、機構をうまく盛り込むことができたからだと思います。
開発初期のデイト機構は、当時の同僚だったノルウィート・ウィンデッカー(現A.ランゲ&ゾーネ在籍)が設計を担当した、切り替え爪レバーを歯の付いたデイトディスクに当てることで日付が切り替わる方式でした。ベースはタイメックスの切り替え式を参考にしており、悪くはなかったのですが、高価なグロスマンの時計に搭載するにはあまりにも簡単な気がして納得できませんでした。
開発初期のデイト表示は、順方向でしか日付修正ができないため、実際の操作はやや面倒なものになります。そのためCEOのクリスティーネ・フッターは、プッシャー式に改良するように求めてきましたが、私個人としてはプッシャー操作には反対でした。このシステムは、私もランゲ時代によく手掛けてきましたが、ユーザーが過大な力でプッシャーを押すことで、誤作動させたり、機構そのものを破損させたりすることが頻繁にあったのです。次に2段引きのリュウズにプッシャーを組み込む方式も試しましたが、最終的には現在のリュウズをふたつ備える方式に落ち着きました。他社に例がなく、またメカニズムにダメージを与えにくいことが採用の理由でしょう。基本的に針合わせと日付合わせを同軸で制御する機構は、それぞれの機構が勝手に相対して回転し得るため、一般的であっても実は難しいものです。一方、ふたつのリュウズを持つ方式ならば、理論的には、針も日付も同時に調整することが可能となります(注:実際には、前述のようにセキュリティ機構が組み込まれたため同時操作は不可能とされた)。
同じくノルウィートが基礎設計を担当した瞬転式(ジャンピングデイト)の機構は、ひねりスイッチのメカニズムに少し似ているかもしれません。バネの張力を利用して、一瞬で表示を切り替えるという点です。ETA方式のように、時分表示のためのパワーでデイト表示を送るのではなく、正確に動いているレバーがバネに蓄えた力を解放することで、深夜0時に正確な日送りが可能となります。また別の大きなメリットは、この切り替えエレメントが、時分表示のメカニズムと完全に切り離されているため、いつでも調整可能という点です。ノルウィートが苦心した点は、この新しいデイト機構を、ベヌー・パワーリザーブと同サイズのケースに収めることでしょう。アトゥムに比べて0.3mmほど余裕がありますが、デイトディスクを収めるにはスペースが少なすぎるのです。そのためCal.100.3は、かなりタイトな設計となっているので、組み立てを担当する時計師は細心の注意が必要になります。
この設計が完了する前にノルウィートが社を離れたため、私が最終的な設計を担当することになりました。発表予定だった2017年のバーゼルまで時間が限られていたため、当初の設計よりも安全性を考慮しながら、変更を加えた部分もあります。例えば針合わせの際に、デイト調整機構を完全に切り離すメカニズムの追加。ここはレバーとバネで制御されますから、結果的には少し複雑なメカニズムになってしまったかもしれませんね。