密着IWC24時 クォリティを生み出す人間力に迫る

2019.12.16
クルト・クラウス

クルト・クラウス[IWCアドバイザリー顧問]
「IWCとは何か」をミスター・レジェンドこと、クルト・クラウスにも語ってもらった。「IWCフィロソフィーは最初のボスである、アルバート・ペラトンに教わった。頑強な時計、生涯使える時計だね。当時のペラトンのスローガンだった。ペラトンにとって、最上のクォリティのみが求める価値だった。IWCで働くことの面白さは、完全な自由があったことだ。昔、開発チームには私しかいなかったのだから、なんでもできた。IWCで一番重要だったのは、みんなの関係が近かったことだろう。デザイナーと設計者が隣にいるようなね。私がダ・ヴィンチのパーペチュアル・カレンダーを作ったとき、隣の席には当時唯一のデザイナーだったハーノ・ブッチャーがいた。彼はデザイナーであり、設計者であり、ケースのことまで分かった。携わっている人たちの関係が近いこと。それが他社との大きな違いだったと思う」。部門を超えた連携は、世代を超えて、今なおIWCの強みであり続ける。

「なぜ新工房を建てるのか。1868年の創業以来、私たちの工房は常に継ぎ増しだった。2005年にはシャフハウゼンに東棟、07年には西棟を作ったが、あくまでそれは妥協。メリスハウゼンの新工房が落成して初めて、私たちはようやく、理想的な工場を持つことができる」

 責任者の彼が盛り込もうとしたのは、理想的な動線と、カスタマーエクスペリエンスの両立だった。1階はケース工場。切削から組み立て、そしてポリッシュを集約するとのこと。そして2階は、ムーブメント部品の製造と組み立て。バックヤードと工場を約130mの廊下で完全に切り分けている。そして工場内には、あらかじめタッチ&フィールの場所が設けられるという。単に見学できる工場ではなく、経験できる工場。ではなぜ、こんな野心的な工場にしようと思ったのか。「顧客は自分の時計がどうやって作られているかを知りたいでしょう。ですから私たちは、隠すことなく見せるつもりです。IWCの美点とはオープンであること。隠すべきものは何もないのです」。

 そんな彼らが今年注力したプロダクトは、新しい「ダ・ヴィンチ」。各部門を訪れると、担当者たちはそれぞれ、何が大変だったか胸を張って語っていた。例えばステファン・イーネン。「私は個人的にあまり関わらなかった。チームワークだよ」と強調していたが、具体的な話になると身を乗り出して語り出した。可動式のラグは、1985年のモデルより、意図的に可動域を大きくしたとのことだが、では動きやすくして壊れることはないのか? 「ストラップを固定するバネ棒を、実はラグに内蔵したネジで固定している。だから外れてしまうことはない。さらに私たちは10〜20年分の加速耐久テストを、ラボで行っている。私たちはユーザーフレンドリーでありたいのだ」。

アンドレアス・ヴォル

アンドレアス・ヴォル[IWC COO]
コンサルタント出身の新COOが、アンドレアス・ヴォルだ。とはいえIWC入社は2007年10月だから、すでに10年以上の社歴を持つ。来年に落成するメリスハウゼン新工房の責任者として、全体を統括する彼は、極めて野心的な構想を、新工房に盛り込もうとしている。「新工房の計画は、5年以上前に始まった。壮大なプロジェクトで、25の設計会社と75のビルディングカンパニーが携わっている。でも幸いなことに、すべては予定通り進んでいる」。では彼は、なぜ著名なコンサルタント会社を辞めてまでIWCに入社したのか?「私はIWCの歴史に魅せられた。アメリカ人がスイスで作った唯一の時計メーカーだ。創設者のフロレンタイン・アリオスト・ジョーンズはスイスに来て、偉大なクラフツマンシップと、モダンなマシニング、そして革新的なテクノロジーを融合させようとした」。
ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー

ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー [1985]
リュウズの操作だけで、すべてのカレンダーを早送りできた世界初の永久カレンダー。「複雑なものを簡単にする」(ステファン・イーネン)というIWCの哲学を決定づけた時計でもある。IWCだけでなく、時計史に残る金字塔だ。自動巻き。18KYG。参考商品。
ダ・ヴィンチ・クロノグラフ

ダ・ヴィンチ・クロノグラフ [2007]
トノー型に改められたダ・ヴィンチ。ムーブメントはETA7750ベースの改良品から、フライバック付き自社製クロノグラフのCal.89360に改められた。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。SS(縦51×横43.1mm)。3気圧防水。参考商品。
ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー・クロノグラフ

ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー・クロノグラフ [2017]
1985年のシェイプに回帰した最新作。熟成が進んだ永久カレンダーモジュールを搭載する。月齢表示の精度も上がり、577.5年に1日しか誤差を生じない。自動巻き(Cal.89630)。51石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。18KRG(直径43mm)。454万円。

 機能性と美を両立させることが夢と語るクヌープは、新しいダ・ヴィンチに過去との連続性と、オリジナリティを加えようとした。「1985年のモデルは、IWCのハーノ・ブッチャーがデザインを担当した。彼は機構のこともよく分かっていたデザイナーだが、今の基準から見ると、2段のステップベゼルはビジーに見える。だからコンパクトにまとめた。また新しいフレーバーを加えるべく、文字盤の数字はあえてアラビアに変更した。私たちは、過去を継承するだけでなく、改良しなければならない」。

 コンプリケーション部門の時計師であるクリスチャン・ブレッサーは、新しいダ・ヴィンチを絶賛する。「永久カレンダーモジュールは過去と同じように見えるが、スプリングの形状などが変わり、素材も良くなった。振り角はクロノグラフを作動させた状態でも約300度。しかもフライバックまで付いている」。

 現場の人々が支える、IWCのクォリティ。担当する人々がこぞって、胸を張って新作を語るはずだ。そんなIWCの強みを、COOのヴォルはこう語った。

「私たちIWCはオープンなカルチャーを持っている。常にドアは開いているし、問題があればテーブルを囲んで話し合う」。半世紀前のアルバート・ペラトンに同じく、ヴォルはドアを開け、人の話に耳を傾けようとする。筆者は本当に合点がいった。デザインが変わり、パブリックイメージが変われども、IWCは何も変わっていないのだ、と。支えているのは、今も昔も、非凡な人間力なのだ。


New Factory [Merishausen]
2018年に落成予定の、メリスハウゼン新工房。現在部品を製造するノイハウゼンから、車で30分ほど走ったところにある。ノイハウゼンにある部品の製造工程と、シャフハウゼンにあるアッセンブリーの工程は、基本的にすべてメリスハウゼンに移管予定である。床面積は約2万㎡。そのうち約1万3500㎡を製造施設に充てるという。当初の従業員数は約250名。しかし最終的には400名に増やす予定だ。新工房が目指すのは、顧客にクラフツマンシップとテクノロジーを経験してもらうこと。工場内の“可視化”は他社でも取り組んでいるが、体験できるファクトリーは、おそらく世界初だろう。また新工房には完璧な動線を盛り込んだ、とCOOのヴォルは語る。

Contact info: IWC Tel.0120-05-1868