タンク サントレ(1920年代)
タンク シノワ(1920年代)
腕時計黎明期の1917年に誕生したカルティエの「タンク」。100年という節目を迎えた2017年、タンクの歴史的変遷を回顧するイベント「TANK100」が、11月26日(日)までカルティエ ブティックの六本木ヒルズ店で開催されている。タンクをモチーフとした香取慎吾の作品が注目を集める同イベント。しかし、展示内容もかなり充実している。
Text by Yusuke Kikuchi
タンクが生まれた歴史的経緯
展示をより深く楽しむために、タンク誕生の歴史的経緯をおさらいしておこう。
タンクのデザインが生まれたとされる1917年は、第1次世界大戦の最中だった。当時、経営を担っていたカルティエ3兄弟は、おのおの戦地に赴き、それがカルティエの創作に影響を与えることになった。プロペラ機やキャノン砲のブローチなどをモチーフにした宝飾品だけでなく、タンクもその流行から生まれたものであった。
1916年12月に長男のルイ・カルティエは、フランスの挿絵付き週刊誌『リルストラシオン』の表紙に新しい創作のインスピレーションを得た。そこにはイギリス海軍がチャーチルの命を受けて製造したマークⅠ戦車、通称「タンク」が敵を蹂躙する様子が描かれていたのである。
また、第1次世界大戦は腕時計の地位を大きく押し上げた。男性たちは車やプロペラ機を操縦しながら時間を読める機能性を認め、戦地に出向いた男性に代わって社会に進出した女性たちは、露出した腕に腕時計を巻くようになった。かくして機能的な腕時計は、社会に出る女性の象徴ともなったのである。
そのタンクのデザインは、アールデコと無関係ではなかった。1925年のパリ万国装飾美術博覧会はアールデコの語源となった重要なイベントだが、アールデコ様式と呼ぶべき創作は、実は1900年頃から「前夜祭」的な盛り上がりを見せていた。事実、カルティエは1906年から、アールデコの先駆けと言える直線と円弧で構成された幾何学的なデザインに着手していた。また1914年には「サントス」の進化形として、ラグとミドルケースが一体となった、現在のタンクに近しい形の腕時計をデザインした。
つまり戦争の影響、腕時計の広まり、そしてアールデコの前夜祭という3つの潮流の交わりがタンクという時計を創り上げたと言ってよいだろう。この続きはぜひ会場で確かめてほしい。
展示内容の詳細をここで書くことは控えるが、これだけの歴代タンクが一堂に会する機会はほかにはないだろう。これらのコレクションピースからタンクという時計の驚くべきバリエーションの豊富さを見て取ることができる。縦長に引き伸ばして「タンク サントレ」、正方形にして「タンク シノワ」となるようにタンクという時計の本質は、その変幻自在さにあるのではないだろうか。