鈴木裕之:取材・文 Text by Hiroyuki Suzuki
頂きに達した機械式高度計
創業280周年の節目に発表された「ビバーク9000」は、1960年代に開発されたアネロイド気圧高度計をほぼそのまま踏襲しながら、
一気に計測範囲を高度9000mにまで押し上げた怪作。当世流行の“復刻的な手法”を採用せず、純粋な後継機として開発されている。実用性を確保する防水性能と圧倒的な高度計測性能は、いかにして両立を果たしたのか?
FAVRE-LEUBA “Bivouac 9000”
長い歴史を誇るブランドには、必ず回帰すべき伝説がある。創業から280年の歳月を経たファーブル・ルーバの場合、それは1962年に発表された「ビバーク」が筆頭に挙がるだろう。世界初の機械式高度計(アネロイド式の気圧高度計)を備えたこのモデルは、過去のファーブル・ルーバが成し遂げてきた革新の中で、最も著名なもののひとつだ。同社が黄金期を迎える50〜60年代には、FL101に始まる自社製ムーブメントも積極的に開発。現代においてようやく一般的となるダブルバレル+センターセコンドの自動巻きムーブメントも、大量生産に初めて成功したのはおそらくファーブル・ルーバだったはずだ。しかしクォーツショック後に訪れた事実上の休眠期間を経て、タタ・グループの手によって同社が再生を果たすのは2011年のこと。以降は再び積極的なR&Dに取り組む姿勢を見せている。開発のキーマンとなるのは、15年から同社に合流を果たした元エテルナの技術責任者パトリック・キュリー氏だ。
キュリー氏は新しいビバークを開発するにあたり、「復刻ではなく同一テクノロジーのブラッシュアップ」を目指したと語る。嫌気性カプセル(アネロイドセル)の膨張率を機械的に読み取って、高度(または気圧)に換算するという手法は初代ビバークと同一だが、新しい「ビバーク9000」では、その表示性能を高度換算で9000mにまでアップさせている。最高峰のエベレストが標高8848mのため、地上に足を付けている限り、ビバーク9000に測定できない高度はないことになる。
ビバーク[1962]
ちなみに従来までの測定レコードは、ブレーヴァ(開発はクロノード)の高度5000mまでだった。ではなぜ、一気にそこまで測定範囲の拡大が可能になったのか? 理由は新形状のアネロイドセルだ。某デベロッパーとの共同開発(事実上の独占状態)となる新型セルは、最大膨張幅が0・4㎜。この小さな体積変化を、センター針の3回転で高度9000mに割り振っている。また構造的な効率化を推し進めた結果、わずか4パーツで〝変換装置〞は成立している。
ビバーク9000[2017]
ここまでシンプルな構造が実現できた理由には、ベースムーブメントの特性も関係してくる。ベースとなったのはエテルナのパーツカンパニーであるEMC製の手巻き。このムーブメントはオリジナルビバーク同様、センターに大きなスペースを持っていたため、厚みのあるモジュールも搭載可能だった。ベース機の選定からモジュールのアレンジには、エテルナの特性を知り尽くしたキュリー氏の経験が活かされている。
もうひとつビバーク9000が持つ大きな特徴が防水性だ。アネロイドセルを正しく機能させるには、ケース内に外気を導入する必要があるため、防水性の確保が最も難しい。しかしビバーク9000では、9時位置に水分を分離する浸透膜を備えることで、30mまでの防水性能を実現した。大ぶりな割に軽量なケースと相まって、普段使いにもストレスを感じさせない実用性を確保した点も、大きな美点のひとつである。
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