超高精度機、ブレゲ /クラシック クロノメトリー 7727の魅力を再考する

2017.12.21

いつの時代も革新者でありつづける
ブレゲが磁石で拓いたフロンティア

 18世紀末から19世紀の初頭にかけて、アブラアン-ルイ・ブレゲによって、時計の調速機は重力の影響を軽減し、優れた耐衝撃性を手に入れた。ブレゲによる偉大なる発明、トゥールビヨンとパラシュートである。現代のブレゲの技術者たちは、創業者の革新精神を受け継いでいる。その証しが、プロトタイプからすでに大きな注目を集め、今年ついに市販化モデルが登場した「クラシック クロノメトリー 7727」だ。機械式時計ではタブーとされた磁気の力を積極的に活用した革新性で、重力に強く抗い、また高い耐衝撃性能をムーブメントに与えた。

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
髙木教雄:文 Text by Norio Takagi
クラシック クロノメトリー 7727
クラシック クロノメトリー 7727
コート・ド・ジュネーブやクル・ド・パリなど、6種類の異なるギョーシェが彩るダイアルは、いかにもブレゲらしい表情を見せる。1時位置には軽量なシリコン製の針による1/10秒計、2時位置にはパラシュート耐衝撃装置を配置。手巻き(Cal.574DR)。45石。パワーリザーブ約60時間。18KRG(直径41mm)。3気圧防水。433万円。


現代のブレゲに受け継がれる革新精神

クラシッククロノメトリー

トランスパレント化された裏蓋のフレームにも古典的な装飾模様を刻む。ムーブメントは、伝統的なコート・ド・ジュネーブ装飾を施した大きなブリッジで覆った。磁石を使った革新性と、20振動/秒の超ハイビートによって精度は大きく向上し、ブレゲの発表によれば、日差の平均が-1~+3秒という優れた数値を実現しているという。

 鮮やかなブルーに発色させたブレゲ針、手仕事による多様なギョーシェが彩るダイアル││ブレゲの「クラシッククロノメトリー 7727」の外観は、「クラシック」コレクションと同じ、伝統的なデザインコードで仕立てられている。

 しかし、つぶさに観察すれば、9時位置にあるロゴの下にさりげなく「10Hz」と記されていることに気付くだろう。そう、このモデルが搭載するCal.574DRは10Hzつまり7万2000振動/時という超高振動ムーブメントである。しかも、その調速機はかつてない「マグネティック・ピボット」すなわち磁石を用いた軸受けを採用しているのだ。外観こそ古典的。しかし、このモデルは最新のテクノロジーによる革新的な調速機を内包する。

 ご存じのように、磁気は機械式時計にとって大敵である。ブレゲも磁気対策に早くから取り組んできた。磁気の影響を受けないシリコン製のガンギ車とアンクル、ヒゲゼンマイを採用したのも対策のひとつ。さらに、物理学的な磁気の研究を進める中で、副産物として生まれたのがマグネティック・ピボットだったという。その利点には、大きく3つが挙げられる。まずは重力の影響の軽減。ふたつ目は振動による摩擦の軽減。3つ目が耐衝撃性の向上である。

 ブレゲの創業者であるアブラアン-ルイ・ブレゲは、調速機における重力による悪影響にいち早く着目した時計師でもある。彼は1801年6月26日に特許を取得したトゥールビヨンによって、調速機にかかる重力の平均化を試みる。その革新精神は今に継承された。現代のブレゲの技術者は、磁力によって重力に抗ったのだ。

Cal.574DRの脱進機(ガンギ車とアンクル)と調速機(テンプ)を拡大すると、ブルーのシリコン製ガンギ車が極限まで肉抜きされ、軽量化が図られていることが分かる。アンクルもシリコン製。テンプを支えるブリッジには、初代ブレゲが考案した板バネを用いたパラシュート耐衝撃装置が採用され、マグネティック・ピボットとダブルで衝撃を吸収する。

緩急針を廃し、4つのウェイトによって歩度を調整するフリースプラングを採用。シリコン製初のダブルヘアスプリングは、それぞれの終端がマイクロ加工技術によって装飾的に成形されている。上下2層に設置され、テンプの振動時における伸縮方向が異なるため、ヒゲゼンマイの重心移動を相殺。安定した振動によって高精度が得られる。

 通常、テンプの軸=天真は、両端のホゾ(ピボット)が穴石に差し込まれ、受け石で保持される。ホゾと穴石の間にはわずかなすき間があり、円滑な振動をかなえているのだが、テンプが垂直姿勢になった場合、重力の影響でホゾは穴石の穴の側面に接触し、摩擦が増大する。この摩擦負荷によってテンプの振り角は落ち、精度に悪影響を及ぼすのだ。

 マグネティック・ピボットは、前述の通り、穴石に代わり磁石を用いた軸受けである。超小型の磁石が使われているが、その磁束密度は約1.3テスラと強力。ふたつの磁石は、ダイアル側の方が磁束密度の高い、つまり、より強力な磁石が使われている。こうすることで天真はダイアル側により強く引き付けられることになる。さらに、ふたつの磁石の磁束密度の差(磁場勾配)によって電磁誘導が誘発され、その間の天真自体が磁力を得る。結果、両端の磁石に対する強い引力が生じるのである。

 磁石の表面には平滑な受け石が配され、天真のホゾは常により磁束密度の高いダイアル側の磁石の中央に点で接触したまま、両端からの引力で保持される。ホゾと穴石の組み合わせとは違い、垂直姿勢になっても接触するのは点のままだ。そもそも強い引力によって保持される天真は、姿勢差くらいでは移動することはない。つまり、重力の影響を大幅に軽減できるのである。

 天真は、ダイアル側の磁石に点で接触しているだけなので、振動時の摩擦は穴石と比べてはるかに小さい。さらに言えば、裏蓋側の磁石には接触すらしていないので、摩擦抵抗はゼロである。

 また、重力に強く抗う磁力は、耐衝撃性能も大幅に向上させる。ふたつのマグネティック・ピボットと磁力が生じた天真は、その周囲に磁場を形成する。この磁場が最も安定するのは、天真の両端のホゾがそれぞれ磁石の中心にあり、一直線上に並んでいる時である。そして、磁場は乱れを嫌う。もし強い衝撃を受け、天真の位置が変わると磁場が乱れるため、すぐさまそれを補正する方向に磁束が作用し、天真は磁石の中心位置へと引き戻されるのだ。

 こうしたマグネティック・ピボットの優れた機能に加え、Cal.574DRはヒゲゼンマイにも大きな特徴を備える。形状こそ初代ブレゲが考案した巻き上げヒゲではなく平ヒゲだが、ふたつのヒゲゼンマイを2層に配置したシリコン製初のダブルヘアスプリングを採用しているのだ。ふたつのヒゲゼンマイによってテンプはより強い振動力が得られる。しかも、振動の際、一方が伸びると他方は縮むように180度回転させて設置しているため、振動時のヒゲゼンマイの重心移動が相殺される。結果、テンプはより安定した動きとなる。軽量なシリコン製ガンギ車やアンクルとの相乗効果もあり、10Hzの超高振動を備えるCal.574DRはC.O.S.C.クロノメーターの基準を凌ぐ高精度を得ているという。

マグネティック・ピボットに使われるふたつの磁石は、ご覧の通り大きさが異なる。つまり、磁力(磁束密度)が違う。より強いダイアル側に天真は引き付けられ、点で接触。ダイアルが上の水平姿勢では、宙吊り状態になり、振動時の摩擦は極限まで低くなる。同時に、磁場勾配によって天真自体も磁力を得て、磁場を形成する。天真の磁場は、ふたつのマグネティック・ピボットそれぞれの磁場と引き付け合い、強い引力で姿勢を保持する。

 超高振動にもかかわらず、パワーリザーブは約60時間と実用的。これもまたマグネティック・ピボットとシリコン製パーツによる恩恵である。振動時の摩擦抵抗が少なく、テンプの振動が安定し、また軽量でもあるため、高効率になるからだ。振動の安定率、すなわち効率性を示すQ値で言えば、通常の時計では300を超えることはほぼない。しかし、キャリバー574DRでは、Q値650という高効率を実現した。

 高精度にして、衝撃に強く、しかも高効率。Cal.574DRは、ブレゲの革新性が正しい方向にあることを証明する。

右から順に、ダイアル下向きの平置き、垂直姿勢、ダイアル上向きの平置きの各調速機の状態を示す。通常の軸受けであれば、垂直姿勢では重力で天真が下がり、天真先端のホゾが穴石の穴の側面に接触する。また、ダイアル上向きではホゾは裏蓋側の受け石に接触する。しかし、マグネティック・ピボットでは姿勢差にかかわらず、常に天真はダイアル側の磁石の中心に点で接触し、位置を変えない。さらに、平置きでも、テンプの振動によって天真にはわずかな揺らぎが生じるが、それによる磁場の乱れを解消する方向に磁束が作用するため、揺らぎはほぼ完璧に解消される。


Contact info: ブレゲ ブティック銀座 ☎03-6254-7211