廉価版ではなくベストモデル モリッツ・グロスマン ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド

2019.11.07
ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド
広田雅将 (クロノス日本版) 取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)

『クロノス日本版』の精鋭?エディターたちが、話題の新作モデルを手に取り好き勝手に使い倒して論評する好評連載。
今回は本誌2017年11月号の第1特集『現行傑作機 徹底インプレッション』に登場した選ばれし7本を、テスターを交代しながらクロスレビューする“番外編”その2。本誌ではすずき2号こと鈴木裕之が担当したモリッツ・グロスマン「ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド」を、ノーマルの「ベヌー」を所有する本誌編集長広田が“裏インプレッション”。両者を比較し、分析した。

ベヌー

ノーマルのベヌー(左)と、ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド(右)。名前こそベヌーだが、ピュアのベースとなっているのは、ベヌーに改良を加えたアトゥムである。4時位置に付いたプッシュボタンがその証し。ロゴから赤い差し色が省かれた結果、見た目もクリーンになった。

 2016年に発表された、モリッツ・グロスマンの「ピュアシリーズ」。ステンレススティールケースを持つこのコレクションについては、本誌2017年11月号で鈴木裕之が「ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド」で詳細なテストを行った。読者の皆さんならご存じの通り、あそこまで細かく書かれたら、今更加える内容もない。ただ、レビュアーが違うと見方は異なるはず、というわけで、筆者も同モデルをテストすることになった。ちなみに広田は、一応ノーマルの「ベヌー」を所有しており、両者を比較できるというのも理由だ。

 モリッツ・グロスマンの初作である「ベヌー」は、本誌でも再三取り上げてきた。丁寧に仕立てた手巻きムーブメントを良質な外装に収めたこのモデルは、いかにも好事家好みの要素に満ちていた。筆者もこの時計を愛してやまないが、気に入らない点もあった。指し色に赤を使ったロゴはお世辞にもかっこいいとは言えないし、ファーストモデルのためか、リュウズの巻き味も剛直に過ぎた。個人的な好みを言うと、ケースサイズに比してラグもやや長い。というわけで好き嫌いではなく、良し悪しを言うならば、筆者はベヌーではなく「アトゥム」を推してきた。ベヌーに比較して、アトゥムはいっそう細部がこなれている。

 SSケースに素っ気ない仕上げと、そして平ヒゲを持つベヌー・ピュアの日本限定モデルは、リリース当初、一部の愛好家からは「廉価版」と揶揄された。しかし、結論を先に言うと、これはベヌーのベストモデルに思えてならない。ポルシェ「ケイマン」の“素モデル”に同じく、本作はソリッドな手触りと軽快さを巧みに両立させた傑作だったのである。秀作でも佳作でもなく、傑作と呼んだには理由がある。

 ケースの構成は18Kゴールドケースのベヌーに同じで、ベゼル、ミドルケース、そして裏蓋の3ピースに分かれている。形状もまったく同じだ。ただ磨きが良くなったのか、鏡面の歪みは一層小さくなった。ちなみにモリッツ・グロスマンの18Kゴールドケースは、なぜか小傷がつきやすい。そのため筆者は知り合いに頼んで、一度軽く研磨してもらった。しかし硬いSSケースならば、小傷は目立たないだろう。これだけでも「ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド」には魅力を感じる。

 針は焼き入れを施したアンバーカラーではないが、完全な鏡面仕上げが与えられており、相変わらず現行品では最も優れたものだ。この針は成形後にハイセラムというセラミックス入りの樹脂を盛って研ぎ上げられている。針に定評のあるモリッツ・グロスマンらしい、非常に凝った針といえる。加えて文字盤上のロゴから、赤い差し色がなくなった結果、見た目はずいぶんすっきりした。

 ムーブメントの仕上げは、既存モデルに比べると素っ気ない。いわゆる「ジュネーブ仕上げ」はないし、コストのかかる鏡面仕上げも、ほとんど省かれた。ここで少し余談をしたい。ムーブメントの仕上げで最も高価なのが、鏡面仕上げである。これは部品の表面をフラットに仕上げた後、ダイヤモンドペーストを載せた錫板などで、鏡面を与える手法だ。一見簡単に思えるが、磨く作業中に息を吹きかけるとアウトだし、いくら磨いても小傷は取れない。その点、やすりで仕上げる筋目仕上げの方がはるかに簡単だ。

 ムーブメントの仕上げに鏡面を使いすぎたベヌーこそ例外であって、できるだけ鏡面を省き、かわりに梨地処理を施した日本限定版が、ドイツ時計の標準といえる。とはいえ、低圧サンドブラストの入り方は均一だし、受けの面取りも、鏡面仕上げではないが、きちんと手作業で仕上げられている。ダイヤモンドカッターで“面”を作り、おざなり程度に手作業でなでた面取りとは、深さが違う。