ケースを18KWGからSSに変えたことで、時計の取り回しも良くなった。ベヌーやアトゥムは、ケース形状が末広がりになっている。重心が低くなるため、腕に置いたときの感触は悪くない、というよりむしろ良い。ただ筆者の好みをいうと、わずかに重かった。その点、同じケース形状でホワイトゴールドと比べ軽いSS素材を採用した本作は、一層着け心地が良い。これならば、普段使いにも向くだろう。もっとも、ラグが長く、時計が大きいため、軽快な着け心地とまではいかないが。
本質的な部分にコストを割いていることは、針合わせの感触で分かる。針合わせの際に雑味はないし、重さも適切だ。また、初作で気になった重すぎる巻き上げもこのモデルでは改善された。かつて巻き上げが重いと指摘した際、ムーブメントを設計したイェンス・シュナイダーは「(リュウズに入れる)パッキンを変えて対処する」と述べた。パッキンだけ変えて感触が改善されるのかと思ったが、果たせるかな、日本限定モデルの巻き味は、大きなコハゼらしいソリッドさを残しつつ、かなり軽くなっていた。ベヌーもアトゥムも、リュウズの形状が悪いため(ただしコストはかかっている)、ゼンマイを巻きにくい。しかし、これだけ巻き味が軽ければリュウズの形状はもはや気にならない。
筆者が所有するベヌーも感触に雑味はないが、針合わせの重さと巻き上げの重さがまったく違うため、いささかちぐはぐな印象を受けた。対して本作は、針合わせの感触と巻き味のトルク感を近くした結果、好ましい統一感が備わった。
手巻き(Cal.201.0)。20石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径41.0mm、厚さ11.35mm)。日本限定20本。180万円(税別)。
時計の感触を語る際に注目すべきは、個々の感触以上に、全体のトーンが揃っていることだと思っている。正直言うと、新興メーカーの多くは感触に限らず、ツメが甘い。しかしモリッツ・グロスマンはわずか数年で感触を整えてみせた。シュナイダーがいったとおり、パッキンの改良だけでこの結果がもたらされたのならば、基礎設計が優秀だったのだろう。
歩度測定器による精度テストは、鈴木裕之が本誌でインプレッション記事を書いた際に行っているため、改めて計測しなかった。ただ使った感じをいうと、筆者が所有するベヌーに同じく、携帯精度はだいたい日差+10秒/日程度だった(編集注:本誌で測定した際の日差も+10秒/日であった)。低振動の手巻き、加えて平ヒゲという悪条件を考えれば、案外悪くない。低振動の手巻きで高精度なムーブメントが欲しければ、パネライの自社製ムーブメントを買えばいいのであって、ベヌーは強いて精度を語る時計ではないのである。ロービートらしい“確かな”刻音も、ベヌーやアトゥムと全く同じだ。深沈とした響きは、モリッツ・グロスマンの大きな魅力であって、このモデルでもまったく損なわれていない。
さて結論。正直、筆者は日本限定モデルの素っ気なさを廉価版と見なしていた。しかし実物を見て、腕に載せてすっかり魅了されてしまった。あえて個人的な好みをいうと、仕上げはこのままでよいが、もう少し金額を上げても、巻き上げヒゲは採用して欲しかった、とは思う。だが今なお良質な仕上げや、優れた感触など、この腕時計は実に魅力的だ。さらにいうと、仕上げを少し減らした結果、むしろドイツ時計らしい骨太な骨格が際立っている。手巻き時計の愛好家のみならず、ドイツ時計ファンにもお勧めしたい日本限定モデル。SSケースモデルとしては安くないが、愛好家ならば、見るべき、手にすべき価値のある時計だと思う。