(右)ロフトから見下ろす地下1階のケース製造部門。細い柱に見えるのは、電源をまとめたボックスである。間仕切りがなく、電源ボックスが至る所にあるため、レイアウトの変更は容易だ。
工場を回って感心させられたのが、油や薬剤の臭いがしないことだった。14年に完成したノイハウゼンの工場とは正反対に、新工場はまったく臭いがない。時計工場と言うよりも、ショールームにいるようだ。担当者曰く「1日に10回、工場内の空気を入れ換えています。体積は延べ6万9200㎥。また単に入れ換えるだけでなく、クリーンルームの基準であるレベル7を満たした、クリーンな空気に入れ換えています」。
ノイハウゼンと明らかに違っていたのは、ケースを磨くポリッシングのコーナーだった。以前も環境は悪くなかったが、新工場は窓が大きく(延べ2200㎡もある!)、天井も高く、各機械の間隔はいっそう大きく取られた。ポリッシャーのひとりが感想を語った。「新しい工房はノイハウゼンとはまったく違うね。モダンだし、明るいし、すべての設備が揃っている。ただし、窓の外からラインの滝を見られないのは残念だけどね」。
地下を一巡した最後には、ジグの製作と、トレーニングコーナーがある。この一角のみ、昔からIWCにあったと覚しき、古い工作機械が揃っている。古い機械の理由をたずねたところ、「見習い工は、まずすべて手で動かす機械を覚えねばならないので」とのこと。ケースの製造部門に比べるとかなり大きなスペースが割かれているのは、IWCがジグの製作やトレーニングに力を入れている証しだ。
1階には、ムーブメントの部品製造と、コンプリケーションを除くムーブメントの組み立て部門が集約されている。現在、1階で製造する部品数は、延べ1400種類。キャリバー82系、52系、59系、89系、そして新しい69系の5種類のムーブメントが組み立てられる。
ファサードのすぐ裏にあるのが、丸棒の切削部門。プロトタイプの部品や複雑時計用のマイクロパーツを製造している。廊下を右手に曲がると切削した部品を磨いて、完成品にするポリッシングの部門だ。さらに進むと、量産型ムーブメントの部品製造部門が続く。最新のCNCが地板や受けを切削するのは他の工場に同じだが、メッキと焼き入れ/焼き戻しの工程まで備えるファクトリーは珍しい。筆者の私見を言うと、メッキと焼き入れを自社で行うメーカーは、マニュファクチュールとして信頼できる。
製造された部品は、隣のプレアッセンブリー部門に持ち込まれる。地板に石を埋め込んだり、ピンを差す作業を経て、これらの部品は隣のアッセンブリー、つまりムーブメントの組み立て部門で組み上げられる。残念ながら、完全なクリーンルームになっているため、ビジターはもちろん、メディアも中に入ることはかなわない。しかしIWCは、アッセンブリーコーナーの一角に時計師体験ができる「組み立て体験コーナー」を設けた。机も工具も、そして扱うムーブメントも、時計師とまったく同じだ。まだ机がふたつしか置かれていないが、今後増やす予定とのこと。おそらく、ビジター向けのカリキュラムが予定されるのだろう。
時計工場としてのあるべき動線と、優れたビジターエクスペリエンスを両立させたIWCマヌファクトゥール・ツェントルム。COOのヴォル氏が「毎日50名、年間1万人を迎え入れる工場にしたかった」と語るだけあって、その内容は極めて充実している。
残念ながら、今や多くの時計メーカーが、ビジターはもちろん、メディアにもその門戸を閉ざそうとしている。そうした中で、あえて真逆の道を選んだIWC。現在、どのようにビジターを迎え入れるかは調整中とのことだが、体制が整ったならば、IWCマヌファクトゥール・ツェントルムは必ず訪れる価値があると言い切って良い。世界広しといえども、ここまでの製造工程を開示している工場は、IWC以外に存在しないのだから。
[IWC COO]
IWCマヌファクトゥール・ツェントルムの計画を推進したのがヴォル氏である。経営コンサルタント会社のローランド・ベルガーを経て、2007年にIWC入社。製造工程の見直し、カスタマーサービスなどを経て16年から現職。
[IWC CEO]
元建築家。IWCミュージアムのデザインに携わった後、ロジェ・デュブイなどのリブランディングに携わる。2017年から現職。「さまざまな工場を見てきたが、自動車メーカーの工場からは、いろいろなヒントを得ましたね」。