1967年
シードゥエラーの登場
経験から学ぶ
ダイバーとしてフランス企業、COMEX社 (Compagnie Maritime d' Expertise) の仕事をしたければ、正真正銘のプロフェッショナルでなければならない。COMEX社の潜水ミッションに従事する職業ダイバーの多くが、Ref.5513 のサブマリーナーに信頼を寄せていた。だが、ヘリウムを混合した新しい吸気用ガスが使用されるにつれ、潜水可能な深度がますます深くなり、同じ混合気で満たされた減圧タンクによって労働条件に変化が生じると、定評のあるモデルでさえ、ある問題に直面することになる。減圧タンクの中で過ごしている間に、ヘリウムの分子がプレキシガラスとパッキンを透過してケース内部に浸入するのだ。
潜水ミッションが終了すると、ヘリウムガスが時計のケースから漏れ出すよりもずっと早く、ダイバーたちは再び大気と同じ圧力環境にさらされる。こうして、時計の内部で圧力が上昇すると、風防は破裂して外れてしまう。苦悩の末、COMEX社はパートナーであるロレックスに対策を懇請した。
この願いは開発に反映され、悪影響を及ぼすガスをケースから抜くための新式のヘリウム排出バルブは、1967年に特許を取得する。ロレックスは当初、Ref.5513のサブマリーナー改良モデルにヘリウム排出バルブを搭載し、COMEX社の専用モデルとした。このモデ ルでは、ケースバックに専用ID番号が刻まれ、ダイアルには COMEX社の銘が入っている。再び"COMEX"の銘が入ったふたつ目のシリーズには、Ref.5514という番号が与えられた。1967年、これらに加えて最大610mの防水性を備えた“シードゥエラー" が導入される。Ref.1665を与えられたシードゥエラーは 1967年以降、一般向けにも販売されるようになった。1978年にはサファイアクリスタル製風防、改良型ヘリウム排出バルブ、1220mの防水性を備えたRef.16600 がリリースされる。
1970年
手巻きのコスモグラフ デイトナ
神話となったクロノグラフ
ロレックスは、1920年代にはすでにシンプ ルなワンプッシュクロノグラフを売り出していた。カタログで初めて5種類のクロノグラフが紹介されたのは1937年頃で、1939年には 新機種が数多く登場している。この中には、30分・12時間積算計を備えたRef.3335や、 防水性を備えた初のオイスタークロノグラフ、 Ref.3481も顔を揃えていた。“プレ・デイトナ” と呼ばれる、スムースベゼルを備えた Ref.6238は、こうした傑作のひとつに数えられ、1967年頃に3600個ほど作られた。
神話的存在として挙げられるのは、デイトナのRef.6239、6241、6262、そして、いわゆる“ポール・ニューマン”ダイアルを備えた Ref.6264である。正方形の小さなポイントインデックスが配されていることがこのダイアルの特徴だが、市場に出回っているどれほどの個体にオリジナルダイアルが装備されているのか、甚だ疑問である。
1970年
クォーツ デイト
エピソード:クォーツムーブメントCal.ベータ21
ロレックスのクォーツ、と聞くと、矛盾ているような感覚を覚えるだろう。ロレックスは1960年、ビューレン、サーチナ、オリスレビュー・トーメン、ローマーといった時計製造会社とともに、電子腕時計を開発するためのコンソーシアムを設立した。開発の依頼先は、スイス連邦工科大学チューリッヒ校エ業物理学研究所 工業研究部(AFIF)である。電子時計の時代の到来を視野に入れ、ロレックス、ビューレン、サーチナ、ローマーは1969年にネオソニック株式会社をビエンヌに創立する。大学での研究成果を量産品の工業化に応用するのが、この会社の課題だった。
しかし、AFIF は、直ちに時流にかなったクォーツ技術に取り組むことをせず、すでに過去の時代のものとなっていた音叉技術の開発に着手する。ここで時間のロスが発生し、1969年に初の量産クォーツ時計を発表した競争相手 のベータ・グループに敗北を喫してしまう。 ロレックスは賢明な洞察力により、16の参加企業のひとつとして、また、1962 年にヌーシャテルに設立されたスイス電子時計センター (CEH)の株主として、クォーツムーブメント Cal. ベータ21の開発に参加していた。だが、 ベータ 21は品質のうえで、ロレックスにとって甚だ不満の残る出来栄えだったため、自社工房ではさらなる改良が施された。
こうして、ゴールドの"クォーツ デイト" (Ref.5100) は1970年6月5日にデビューしたが、ロレックスらしからぬ 風貌により、成功は長続きしなかった。当時の社長、アンドレ・ ハイニガーは、クォーツ技術にどれほどの開発が必要か、また、どれほど熾烈な競争が特ち受けているか、即座に予見し、大胆にも時代と逆行する道を選ぶ。電子機器がブームの 時代であり、1972年からはクォーツムーブメ ントを自社開発し、1977年には“オイスター クォーツ" (Ref.17000) を発表したにもかか わらず、ロレックスはその後、それまで信頼を築き上げてきた機械式機構と再び苦楽をと もにすることを固く決意するのだ。
1988年
エル・プリメロをベースとした自動巻きデイトナ
激戦を勝ち抜いたベストセラー
1976年に発表されたRef.6263と6265を最後に、ロレックスでは手巻きクロノグラフの時代が幕を閉じる。1988年の時点では、まだ自社製自動巻きクロノグラフムーブメントの完成には程遠かったとはいえ、ロレックスは人知れず、コスモグラフ デイトナの自動巻きモデルの開発に取り組んでいた。バーゼルの見本市で同時に披場されたRef.16520、16523、16528の3機種は、すべて100mの防水性を備えていた。自動巻き Cal.4030のベースとなったのは、ゼニスの“エル・プリメロ"である。3万6000 振動/時(毎秒10振動)という高いテンプの振動数に、ロレックスの時計師たちはあまりなじめず、デイト表示も技術者には不満なものだった。
したがって、最高の信頼性を提供するという信念に基づき、エル・プリメロには徹底的に手が加えられた。最終的に、オリジナルのまま手を加えなかったのは、全構成部品の約半分に過ぎなかったほどだ。最も大幅な修正が加えられたのは、輪列である。時計師による荒療治の結果、テンプこの振動数は2万8800振動/時(毎秒8振動)に抑えられた。計測時間の最小単位が8分の1秒になったにもかかわらず、ダイアルには5分の1秒の目盛りがそのまま残されていた。このほか、ハック機能がないことと、巻き上げ式自由振動ヘアスプリングが搭載されていることが、ロレックス版の特徴だった。
精度の微調整は、Cal.4030で格段にサイズアップされたテンワの内側に取り付けられた4個のマイクロステラナットで行われた。ヘアスプリングの外端部を三角形のヒゲ持ちに固定することで、アジャスターを締める際にへアスプリングの有効長が不用意にずれるのを防ぐことができた。さらに、外周部に重金属製の分銅を持つロレックス特有のローターや、平らに研磨して面取りとポリッシュ仕上げを施したネジ、また、C.O.S.C.認定クロノメーター証明書が付いていたことも、Cal.4030の特徴である。スティールモデルは特に、あらゆる期待を上回る出来栄えであった。ロレックス自身は初めから、クロノグラフにおけるゼニスとの婚姻関係を過渡的な解決方法とみなていた。Cal.4030は、マニュファクチュールムーブメントの中においては依然として異物的存在だからである。
2000年
自社製Cal.4130を搭載したデイトナ
ロレックスマニュファクチュールで生まれたRef.116520
急いては事をし損じる、という哲学は、まさにロレックスの姿勢そのものである。特許を取得したマニュファクチュール Cal.4130を搭載した“デイトナ” (Ref.116520)のスティールモデルは、2001年のバーゼル時計見本市の花形のひとつであった。完全にゼロから設計され、2000年にはゴールドモデルで発表されたムーブメントは、直径30.5m、厚さ6.5mmで、44個の機能石と、2万8800振動 /時という慣れ親しんだ振動数のテンプを備えている。
先代のCal.4030との大きな違いは、ハック機能と垂直フリクションクラッチが搭載されていることである。垂直フリクションクラッチは、針飛びのないクロノグラフのスムーズな始動を約束し、ムーブメント側に取り付けられたクロノグラフのカウンター機構は、最長で12時間まで計測することができる。平常時で約72時問、クロノグラフを作動させた状態では約66時間、確保されるパワーリザーブの恩恵により、この腕時計は週末の間、手首から外して置いておいてもまったく問題ない。月曜日になっても、ただ動き続けているだけでなく、極めて正確な時刻を表示するのだ。
旧来通り、ロレックスは供給するすべてのコスモグラフ デイトナに公認歩度証明書を付けている。余談だが、完全自社製なのはクラシカルなコラムホイールを搭載したエボーシュだけでなく、過酷な負荷にも高い耐性を示す、自由に振動するパラクロム・ヘアスプ リングも内製品である。新型ブレスレットは、すべてのディテールにおいて品質が高く、格段の進化を遂げている。現行モデルのRef.116520では、細部まで熟考が重ねられたダイアルに、Ref.16520の旧デイトナとの違いが表れている。スモールセコンドが6時位置で回転し、水平ライン上に並んだ時と分のクロノグラフ針は、ダイアルの中心軸から若干上方に移動している。こうした繊細な差を見つけ るのは喜びの瞬問だろう。さらに、新型ムー ブメントとブレスレットについては、ダイアルよりも違いは歴然としている。加えて、コスモグラフ デイトナ Ref.116520 のスティールモデルを着用するなら、約20g増えた重量に 耐える覚悟が必要だ。