PARMIGIANI FLEURIER
堅牢さを重視した新世代の薄型ムーブメント
堅牢さを重視する近年の薄型自動巻き。中でも際立って頑強な設計を持つのが、パルミジャーニ・フルリエの新型ムーブメントCal.PF700だ。開口部の小さい肉厚の地板は、薄型自動巻きというよりも、まるで重厚な手巻きムーブメントを思わせる。加えて、6時位置に4番車を置く輪列は、多彩なバリエーションをもたらすだろう。なぜ、パルミジャーニ・フルリエは、このような設計を選んだのだろうか。ムーブメントの設計に携わったヴォーシェ マニュファクチュール フルリエで話を聞いた。
今年、パルミジャーニ・フルリエは、新しい薄型モデル「トンダ1950」を発表した。このモデルが搭載するのは、新規設計の自動巻きキャリバーPF700。直径30㎜、厚さ2.6㎜、巻き上げはマイクロローターと、スペックを見れば典型的な薄型高級自動巻きである。
しかし、PF700の設計には、既存のマイクロローターとは異なる意図も盛り込まれた。薄さ以上に、堅牢さと汎用性が重視されたのである。ほとんどのパルミジャーニ・フルリエのムーブメント同様、新しいPF700は、同社の関連会社、ヴォーシェ マニュファクチュール フルリエのエボーシュをベースとしている。ヴォーシェ名はVMF5300。このVMF5300からカレンダー機構を外し、受けの形状を改め、部品と仕上げをパルミジャーニ・フルリエの基準に変更したのがPF700である。これらの仕様変更を担当したのは、ヴォーシェに在籍するレミ・ベッソン氏だ。「VMF5300はETAの代替機として使われることも想定しています」と言う。
薄型エボーシュVMF5300の特徴をいくつか挙げたい。大きく4つに分割されたブリッジは、地板に対して強固にビス留めされている。特に香箱と2番車の受けは、わざわざテンプ近くに先端を延ばしてビスを打ち込む念の入れようだ。「受けの厚さは0.6㎜ですが、地板は2㎜もあります」との説明通り、VMF5300は薄型自動巻きとは思えぬ厚い地板を持っている。ムーブメントの剛性はかなり高いだろう。巻き上げには簡潔な片方向巻き上げを採用。ローターに比重の大きいタングステン合金を使い、巻き上げ効率を改善した。
より興味深いのが、輪列の設計だ。普通、マイクロローターは中心からオフセットした輪列を持つ。そのため、4番車の位置が6時や9時位置に来ることはない。しかし、地板のサイズを延ばすことで、VMF5300は6時位置にスモールセコンドを備えることが可能となった。パテック フィリップの新型マイクロローター、キャリバー31.260系と同と同じ発想だ。また、この輪列なら、センターセコンド化も不可能ではない。つまり、マイクロローターを載せた自動巻きとして、VMF5300には例外と言っていいほどの高い汎用性が与えられたわけだ。半面、デメリットもある。香箱がムーブメントの直径に比して小さいのは、6時位置に4番車を置く輪列を優先したためだろう。香箱が小さいため、パワーリザーブは約48時間と長くはない。
技術を誇示するためではなく、実用に耐えうる薄型ムーブメント。スペックこそかつての薄型自動巻きに等しいが、VMF5300の設計思想は、明らかに21世紀以降のものである。ピアジェの430P以降、薄型ムーブメントは年々堅牢さを重視するようになったが、VMF5300の堅牢さと汎用性は群を抜いて高い。
2011年の新作。細身のベゼルや立体感のあるケースなど、今のトレンドを盛り込んだ薄型時計。スリムなケースと合わせるストラップはかなり肉厚だ。堅牢なムーブメントを持つため、実用性に優れる。18KRG(直径39mm、厚さ7.8mm)。3気圧防水。189万円。
初出2011年。マイクロローターを持つ極薄自動巻き。ベース機を入念に手直しすることで、高級機らしい外観を得た。おそらくテンワや一部輪列はCal.PF331と共有で、テンワの慣性モーメントもPF331に同じ4.8mg・cm2。小さいが、マイクロローターと考えればやむを得ないか。パワーリザーブはベース機の約48時間から約42時間に落とされている。
もっとも、パルミジャーニ・フルリエは、その採用にあたってVMF5300に大幅なモディファイを加えた。地板と受けは真鍮から洋銀に変更。ローターもプラチナ製となり、受けの形状も改められた。緩急装置も「エタクロン風」の緩急針から、フリースプラングに一新された。このように、PF700はいかにも高級機らしい造形を持つ。もちろん、仕上げは言うまでもない。加えて、トンダ 1950は外装も優れている。6時位置の大きなスモールセコンドに、開口部の大きな文字盤、そして、シンプルなインデックス。他社の薄型ほどではないが、やはり立体感には配慮が加えられている。「意匠の改善」を説明してくれたのは、デザイナーのオーギュスト・ヌスボン氏だ。「トンダ 1950は、裏蓋に向けてケースサイドを絞っています。また、形がきれいに出るようにケースとラグの継ぎ目を10分の1㎜単位で細かく修整しました」。もともとトンダとは、かなり立体感を強調したモデルであった。ラグは大ぶりで、2ピースのケースも1950年代の防水時計のように大きく丸みを帯びていた。他社のように立体感を足すのではなく、むしろ引くことで、新しいトンダの意匠ははるかに改善された。
さらに、驚くべきは、その開発スピードだ。「依頼を受けたのは2009年の12月です。ミッシェル・パルミジャーニ氏に『クラシックで薄い時計をデザインしてほしい』と頼まれました」。同月にはケースのプロトタイプが、翌年4月には文字盤のデザインが完成した。ヌスボン氏は言う。「他社の場合、開発期間は2年から3年はかかるでしょう。しかし、パルミジャーニでは、最長でも1年ですね」。デザイン工房前の道路を渡れば、文字盤やケースの工房があると彼女が説明するように、これらすべてをグループ企業でまかなうパルミジャーニ・フルリエの強みと言える。
堅牢なムーブメントに、洗練された意匠を兼ね備えたトンダ 1950。堅牢さに注目すると、VMF5300の利点を誇張したリシャール・ミルのRM033の方が、いっそう論理的であり、筆者は好ましく思う。だが、薄さを意識せずとも使える点では、トンダ 1950も同様である。少なくとも薄型ムーブメントに付きものの神経質さは、VMF5300搭載機の場合、ほとんどない。「薄型」という制約を超えた「万能薄型時計」。それがトンダ 1950に与えられた特異な個性と言えるだろう。
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