デカルクが広げた文字盤表現
この10年で最も革新的な出来事のひとつが、シールを貼り付けるデカルクインデックスの普及である。かつては安モノ扱いされたが、粘着剤を改良し、インデックスの厚みを増した結果、別部品のアプライドインデックスに比肩するような仕上がりを得た。今や超一流メーカーにも採用されるテフコ製のインデックス。その進化は、今後ますます時計業界にインパクトを与えるはずだ。
外装の表情を変える新技術
製法や素材の進歩は、自社製ムーブメントの量産だけでなく、より精密な部品を作ることも可能にした。同様の変化は、外装にも言えるだろう。デカルクインデックスや厚手のラッカー仕上げ、そして繊細なPVD仕上げなどは、長年代わり映えのしなかった時計の外装に、かつてない表現力を与えることになったのである。
時計の外装も、10年前と今では大きく異なる。変わった点は多々あるが、最も大きな違いは、立体感だろう。
切削の普及により、エントリークラスの時計でさえも立体的なケースを持てるようになり、ミドルレンジ以上でなければめったに見られなかったアプライドインデックスも、今や数万円以下の時計で普通に目にするようになった。ケースと文字盤で進む立体化。アプライドインデックス普及の立役者は、日本のメーカー、テフコ青森である。
かつて、インデックスを立体的にする手法は、別部品を嵌め込むアプライドか、エンボスでインデックスの部分を盛り上げるしかなかった。いずれもコストは高く付き、採用できるのは基本的にミドルクラス以上のメーカーに限られた。1960年代以前に限っていうと、IWCでさえ、一部のモデルには、別部品を嵌め込んだインデックスではなく、よりコストの安いエンボス仕上げのインデックスを持っていた。中国や香港のメーカーが文字盤製造に乗り出すようになって以降、インデックスに別部品を嵌め込む手法のコストは大幅に下がったが、そのクォリティは、スイスメーカーの厳しい基準を満たすとは言いがたかった。
テフコの創業は1988年のこと。電気分解成形メーカーで働いていた創業者の中山廣男は、立体的なインデックスを安価に作れないかという相談を受けて、インデックスをプリントでも別部品でもなく、シールで貼り付けられないかと考えるようになった。フランス語で言うところの、デカルクである。具体的には、電気鋳造で立体的な構造物を作り、それをシール状にして文字盤に転写するというものだった。当初このアイデアは受け入れられなかったが、電波ソーラー時計の普及が大きな転機となった。ソーラーセルに受光させるため、電波ソーラー時計の文字盤はほとんどが薄いポリカーボネート製である。そのため、穴を開けてインデックスを固定することが不可能だった。そこでテフコの、シール状のインデックスが注目されることになった。
日本メーカーが顧客である以上、インデックスの剥がれは許されない。そこで同社は、50年後、100年後も絶対に剥がれない粘着剤を開発した。粘着剤を開発できたら、次は厚みのあるインデックスの製造だ。結果同社は、厚さ0.15㎜までのインデックスを作れるようになったという。0.25㎜のインデックスも製造できるが、製造に要する時間は8〜9時間、歩留まりは6割程度とのこと。
メーカーからのさまざまな要求に応え続けた結果、テフコはスイスのメーカーからも注目を集めるようになった。控えめな価格と自由な造形、そして適度な立体感を持つテフコのデカルクインデックス。今や超一流メーカーが使うようになったのも当然だろう。とりわけ、シール状のスーパールミノバインデックスは、他の手法では実現不可能であり、だからこそ多くのメーカーが採用したのである。
しかしながら、デカルクインデックスには制約がある。高級時計のインデックスに用いるにはまだ少し厚みが足りないのである。仮にこの点が大きく変われば、テフコのインデックスは、時計の価格帯を問わず、文字盤の表現を大きく変えていくだろう。