A.ランゲ&ゾーネ、初のステンレス製スポーティーモデル「オデュッセウス」を発表

FEATUREその他
2019.10.24

スポーティーなスペックを得たムーブメント

 使い勝手の良さは、オデュッセウスの美点である。良くできたブレスレットに加えて、120mという防水性能と、大きなデイデイト表示は、このモデルに、高級時計らからぬ実用性をもたらすはずだ。とりわけ、3時位置と9時位置に分けられたデイデイト表示は、視認性に優れるだけでなく、操作も容易である。

 日付の調整は2時位置の、曜日の調整は4時位置のボタンで行う。あくまで推測だが、日付と曜日の早送りは、プッシュボタンを押したエネルギーで切り替えるのではなく、「ツァイトヴェルク・デイト」の時・日送りと同じく、ボタンを押すと規制バネが解除され、その力で切り替えるのだろう。あえてボタンの押し心地を硬くした(おそらく1kg程度はあると思われる)のは、誤操作を防ぐためと考えられる。一貫して軽い感触を好んできたA.ランゲ&ゾーネらしからぬ押し感だが、あえて実用性を重視したのだろう。

Cal.L155.1

オデュッセウスが搭載するCal.L155.1 DATOMATICには大ぶりなデイデイト表示が与えられた。高級機らしく、デイトリングはおそらくベリリウム銅製のベアリングで保持されている。仕組みはかなり大掛かりだが、デイデイトの動きはかなり軽快だった。なお、カレンダー回りの機構が頑強に作られているのは、おそらく耐衝撃性を高めるためだろう。
Cal.L155.1

新規開発の自動巻きがCal.L155.1 DATOMATICである。高い振動数に、フリースプラングテンプ、衝撃に強い両持ちのテンプ受けと、空気抵抗の小さな新形状のテンプを備える。なおローターの外周には、比重の重いプラチナが与えられた。穴石の回りにダイヤモンドカット処理を施すことにより、ムーブメントの見栄えはCal.L086.1よりはるかに良くなった。

 このモデルのハイライトは、新規開発の自動巻きムーブメント、Cal.L155.1 DATOMATICである。A.ランゲ&ゾーネは公言していないが、おそらくベースは「サクソニア・オートマティック」が搭載するCal.L086.1だろう。パワーリザーブは約72時間から約50時間に減少したが、振動数は2万1600振動/時から2万8800振動/時に向上したほか、テンプ受けが片持ちから両持ちに改められた。そのため理論上は外乱に強く、等時性も高いはずである。なお、自動巻きはCal.L086.1に同じく片方向巻き上げ。高級機らしく、ローター芯からのノイズも良く抑えられていた。

 細かい手の入れ方は、いかにもA.ランゲ&ゾーネ風である。いくつかのポイントを見ていきたい。まずはテンワ。従来モデルに同じくフリースプラングテンプを採用するが、空気抵抗を減らすため、テンワを一段へこませてミーンタイムスクリューを埋め込んでいる。Cal.L086.1同様のチラネジを採用した場合、空気抵抗が増えすぎて、おそらく振り角は大きく下がるに違いない。

オデュッセウス

新形状のテンワと、Cal.L.086.1よりも拡大されたガンギ車の蓋石。空気抵抗を減らすため、わざわざこのモデルのために新しいテンプを採用したのは、いかにもA.ランゲ&ゾーネである。

 また、ショックを受けた際にヒゲ持ちが飛ばないよう、緩急針風の先端は太いビスで支えられている。ヒゲ持ちを抑えるバネも、Cal.L086.1に比べて、明らかにバネを強くきかせるような形状になっている。Cal.L086.1では、ガンギ車の「蓋石」はスチールパーツ製の別部品で固定されていた。対してCal.L155.1 DATOMATICでは、シャトンを介して直接受けに固定されている。見栄えの改善が一因だろうが、おそらくは強い衝撃を受けても、蓋石の歪みは起こりにくいはずだ。

 正直、見た目だけをスポーティーに変えただけ、と思っていたが、細かな手の入れ方は、いかにもA.ランゲ&ゾーネらしい。加えて言うと、ムーブメントの仕上げも、Cal.L086.1より改善されている。Cal.L086.1は受けを可能な限り薄くした結果、穴石のシャトン留めが廃されただけでなく、穴石の回りのダイヤモンドカットも省かれてしまった。対してCal.L155.1 DATOMATICでは、一部の穴石の回りに、ダイヤモンドカット処理が施されている。

オデュッセウス

複数のレイヤーを持つ真鍮製の文字盤。スモールセコンドと文字盤の外周にはアジュラージュと呼ばれる、レコードの溝のような同心円模様が刻まれている。対して中心にはちりめん状の処理を施すことで、強い光源下における乱反射を抑えている。

 最後に文字盤と針にも触れておきたい。長らく、文字盤に関しては極端に保守的だったA.ランゲ&ゾーネも、近年さまざまな試みを行うようになった。本作も例外ではなく、メインダイアルとサブダイアルの中心には、チリメン状の仕上げが施された。A.ランゲ&ゾーネは製法を明らかにしていないが、中心部の模様はプレスで加えたものだろう。そう考えると、本作の文字盤が、洋銀製ではなく真鍮製であることも理解できる。プレスで模様をつけるなら、洋銀よりも真鍮のほうがより良い仕上げを得やすい。ダイヤモンドカットで仕上げられた針とのコントラストは高く、視認性は非常に優れている。

 写真が示すとおり、オデュッセウスの分針はインデックスにきちんと届いている。対して秒針はわずかにリーチしていないが、これもA.ランゲ&ゾーネの伝統である。分針と時針は先端まで夜光塗料が載せられており、おそらく、暗所でもはっきり時間を確認できるはずだ。正直、筆者の好みからすると長針はやや長すぎるが、A.ランゲ&ゾーネはあくまで視認性を重視したのだろう。針合わせの感触はA.ランゲ&ゾーネの名に恥じないほど精密で、長い針がすっと収まる様は、触って大変に気持ちが良い。

 さて結論である。A.ランゲ&ゾーネならではの仕上げと感触はそのままに、スポーツウォッチに比肩する高い耐衝撃性能と、ビジネスウォッチ並みの薄いパッケージングを盛り込んだオデュッセウスは、いわゆるラグジュアリースポーツウォッチの傑作と呼んで良いのではないか。正直、310万円という価格は安くない。しかし、優れた使い勝手や細かな配慮を考えれば、その価格は妥当なように思える。


Contact info: A.ランゲ&ゾーネ Tel.03-4461-8080