時計と水
地球環境のためにできることはいろいろとある。近年ではダイバーズウォッチを展開する多くのブランドが、海洋環境保全に向けて動いている。例えばブランパンは「ブランパン・オーシャン・コミットメント」を展開し、海洋調査と保全に携わる団体のスポンサーとなっている。ブランパンはこれらの団体への財政的支援だけでなく、定期的に「フィフティファゾムス」のリミテッドエディションを発表している。また、オメガの「プラネットオーシャン・プロジェクト」も同様の活動を行うが、特に海洋環境への関心を高めることに注力している。
オリスは海洋生物保護へ向けた強い姿勢を打ち出し、定期的に非常に具体的で計画に直結した活動を行っている。そこには温暖化の影響で大きなダメージを受けた、グレートバリアリーフの回復に特化した団体へのサポートが含まれている。その他の事例として、水泳選手アーネスト・ブロメイスなどと協力し、海洋生物生息地の希少性と脆弱性について、一般の認知度を上げるための活動を行っているという。なかでもオリスのPacific Garbage Screeningとの取り組みは、特に目を見張るものがある。この設立間もない海洋保護団体は、川に放出されたプラスチック廃棄物を、海に流れ出す前に川や河口で回収しているのだ。そして回収された廃棄物は、エネルギーまたはバイオプロダクトのベースとなるのである。
オリス「クリーンオーシャン リミテッドエディション」
自動巻き(Cal.Oris 733)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SS(直径39.5mm)。30気圧防水。限定2000本。26万円(税別)。
その他、海洋関係の取り組みとして、オリスはPacific Garbage Screeningとのパートナーシップに関連した腕時計を発表している。「クリーンオーシャン・リミテッドエディション」は、2,000本限定として発表され、環境に優しい方法で作成された海藻由来のエコ・ボックスが付属する。また時計のデザインも様々な形で海に関連している。文字盤とベゼルのブルーカラーは水の色を想起させ、300m防水を保持する時計のケースバックに採用されたプラスチック製メダルは、多彩なカラーを反映させてその驚くべき由来を語っている。プラスチック製の仕切りはリサイクルされたPET樹脂から作製され、プラスチックの無駄遣いに対し警鐘を鳴らしているのである。
ブライトリングの「スーパーオーシャン ヘリテージIIクロノグラフ44 アウターノウン」のリストバンドは、魚網を含む廃棄されたナイロンから作られる素材「Econylヤーン」をひとつの特徴としている。このリストバンド開発にあたってブライトリングとコラボしたのが、持続可能な服作りを目指すケリー・スレーターによって立ち上げられたアウターノウンというブランドだ。
カール F.ブヘラは、海洋廃棄物をリサイクルして作られたPET樹脂を利用し、「パトラビ スキューバテック ブラックマンタ スペシャルエディション」のテキスタイルストラップを作成。驚くことに、1本のストラップを作るには、なんと500mlボトルが30本も必要だという。この500m防水時計の売上のうち、一部がマンタ・トラストというマンタの保護活動を行う団体に寄付されている。カール F.ブヘラとマンタ・トラストの関係は、すでに数年にわたって続いているという。
関心を持つことの必要性
カール F.ブヘラ「パトラビ スキューバテック ブラックマンタ スペシャルエディション」
自動巻き(Cal.CFB1950.1)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。Ti×DLC(直径44.6mm、厚さ13.45mm)。500m防水。90万円(税別)。
当然のことながら、リサイクル廃棄物から作られた限定的な数のストラップやメダルが、地球を脅かす問題の解決にどれくらいの影響があるのかと懸念を持つ人もいるだろう。これらの活動が単純にイメージを重視しただけの“エコ活動”では?という疑問もまたしかりである。しかし廃棄物をリサイクルした材料を時計作りに取り入れることは、非常に重要な意味をもたらすのだ。通常、海洋汚染問題について議論を行わないような人々に、まずは関心を持ってもらうことが大切なのである。ラグジュアリー・プロダクトがリサイクル資源を取り入れるということは、どのようなライフスタイルであっても、社会のどのような位置にいたとしても、環境保護を見過ごしては成立しえない状況だということを、明確なメッセージとして送ることになるからだ。
H.モーザーは時計業界におけるこの情熱と取り組みを、2019年のSIHHにて「モーザー・ネイチャー・ウォッチ」を発表することで、世に問う形を選んだ。そのケースはスイス産の植物で覆われ、文字盤は天然の石と苔、ブレスレットは芝生で覆われた非常に特徴的なもの。一日に二回ほどの給水を必要とする本作は、確かにエコ時計の理想型というものではない。とは言え化石燃料を使用せず、公正に取引されたゴールドのみを使用するというH.モーザーの取り組みを、的確に体現したアイコンとなっている。そしてそれは時計業界全体を象徴するものであり、持続性について関心を持つ必要性と、それに至るには課題が山積みされている事実を如実に伝えているのである。