2018年1月、モンブランは新たな頂を制覇した。新しくなった「1858」コレクションは山岳探検の精神を継承するだけでなく、ミネルバの誕生160周年を祝って登山家向けにつくられたミネルバの懐中時計やクロノグラフにインスピレーションを受けている。同コレクションの中から、ワールドタイマー機能を備えた「モンブラン 1858 ジオスフェール」について見ていこう。
自動巻き(Cal.MB29.25)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径42mm、厚さ12.8mm)。10気圧防水。62万5000円(税別)。
Text by Roger Ruegger
Edit by Yuzo Takeishi
「1858」はモンブランの最も重要なコレクション
1906年に「シンプロ・クィラーペン・カンパニー」として創業したモンブランは、1909年から「モンブラン」の名を使い始め、1913年には先端に丸みを持たせた雪冠のロゴ「ホワイトスター」を採用した。ロゴと社名はフランスとイタリアの国境に位置するヨーロッパ・アルプスの最高峰、モンブランを表したもの。その標高は4810.9mで、ヨーロッパではロシアのエルブルス山についで2番目に高い山である。
モンブラン制覇の最初の記録は、1786年8月8日にサヴォワ地方の山岳ガイドであるジャック・バルマ(1762-1834)と、登山家のミシェル-ガブリエル・パッカード(1757-1827)によるものだ。この偉業は、のちに英国のヒマラヤ登山家エリック・アール・シプトンによって「勇気と決意による驚異的な成果であり、登山の歴史に残る偉業」と記され、近代登山の始まりとも言われている。したがって、モンブランの時計部門のマネージング ディレクターであるダビデ・チェラートと彼のチームは、新たな「1858」コレクションをスタートするにあたり、登山よりも適したテーマを選べなかったという。
ウォッチタイムでは2018年10月に「モンブラン 1858 オートマティック クロノグラフ」(Ref.117835)をテストする機会を得た。しかし、翌2019年のSIHHにおけるモンブランのハイライトのひとつは「モンブラン 1858 ジオスフェール」だった。そしてこのモデルは新たな外観やテーマ、複雑機構を時計師たちのベースキャンプにもたらすことになった。
“最高峰”のパフォーマンス
ケース直径42mmのこのモデルは、登山家たちにとっての永遠の憧れともいえる七大陸最高峰制覇に捧げられたものだ。スイス・ヴィルレの時計職人が開発した、24時間で反対方向に360度回転する2つの地球を配した新たなワールドタイム機構を搭載している。モンブランではステンレススティールケースのレギュラーモデルとブロンズケースのリミテッドエディションの2種類を用意(注:写真ではブロンズケースに若干の経年変化が見られる)。モンブランのCEO、ニコラ・バレツキーは「私たちは個性的な機能を備えた高級時計を目指しており、しかも、価格は高級時計の世界におけるエントリープライスを実現しています」と語っている。
「モンブラン 1858 ジオスフェール」と同様のタイムゾーン表示を持つモデルが、2015年に発表されたより複雑で高価格な「ヴィルレ トゥールビヨン シリンドリック ジオスフェール ヴァスコ・ダ・ガマ」だ。こちらは手巻きムーブメントを搭載していたが「モンブラン 1858 ジオスフェール」では、セリタSW300-1をベースとする自動巻きキャリバーMB24.09用に新しいモジュールを開発する必要があった。それは現在、MB29.25としてリストに並んでいる。
9時位置に第2時間帯表示を設けたこのモデルは、旅行者にとって理想的な相棒となっただけではない。ワールドタイマーの新しいデザインを提案するとともに、新たな息吹を吹き込むことになった。唯一の欠点を挙げるとすれば、同時にそれぞれのタイムゾーンを表示するとダイアルが混み合った印象を受け、判読しにくくなることだろう。秒針が付いていないのも、これ以上ダイアルを煩雑にしたくなかったのだろうと考えられる。
ミネルバの160周年を祝して
「1858」は、現在モンブランの傘下にある老舗メーカー「ミネルバ」にオマージュを捧げたコレクション。1858年に創業したミネルバはムーブメントの組み立てからスタートし、1887年にミネルバの名称を登録、1929年に社名を「Minerva SA, Villeret」に変更した。ミネルバは1908年製の19/9CHクロノグラフムーブメントなどの高精度なクロノグラフムーブメントや、1948年製の手巻きムーブメント、ピタゴラス・キャリバー48などでその名を知られるようになる。
2006年、ミネルバはリシュモンによって買収され、モンブランと合併することとなる。そして2社共同でスイス・ヴィルレに「ミネルバ高級時計研究所(Institut Minerva de Recherche en Haute Horlogerie)」を設立した。モンブランはすでにヴィルレにあった自社のマニュファクチュールと合わせ、時計製造の技術を次の段階へと引き上げたのだ。2016年にはヴィンテージスタイルの「1858」コレクションを発表。このとき復刻したモノプッシャー・クロノグラフが評価され、同年に開催された「ジュネーブウォッチグランプリ(Grand Prix d’Horlogerie de Genève)のクロノグラフ部門で見事受賞を果たした。
“ジオスフェール”はどのように動くのか
「モンブラン 1858 ジオスフェール」には、自社製のワールドタイム・コンプリケーションを搭載。これはダイアルに2つの半球状の地球(北半球と南半球)を配し、そのいずれもが24時間で1回転するものだ。ダイアル12時側の北半球は反時計回りに、6時側の南半球は時計回りに回転する。それぞれの地球儀は、24のタイムゾーンを表す目盛りと、対照的なカラーで昼夜を表示(ブラックは夜、ブロンズは昼)する帯で囲まれている。また、IERS基準子午線(IRM)はそれぞれの半球に白いラインで表示。地球儀に設けられた小さな赤い点は、七大陸それぞれの最高峰を示している。ラチェット式の双方向回転ベゼルは、日中の方向確認に利用できるものだ。9時位置のインダイアルは第2時間帯を表示。これはケースサイドの10時位置にあるプッシュボタンをピンで押し、時計回りに1時間ごとに進めながら調整できるようになっている。
リュウズは2段引きで、最初の位置では時針のみを1時間単位で調整でき(デイト表示の調整も行う)、2段階目ではすべての表示を同期して調整できるようになっている。したがって時計を合わせるには、最初にリュウズを完全に引き出して2つの半球と正しい分を設定し、次にリュウズを1段戻してローカルのデイト表示と時刻を設定する必要がある。
時間をさかのぼる体験
ケース素材にブロンズを用いたのはモンブランが初めてではない。また加工しやすくヴィンテージ調のルックスを生み出せるメリットから、ブロンズを採用するブランドは今後も出てくるだろう。ブロンズ製の時計はその素材特性から、オーナーがどのようなライフスタイルを送るかによって、異なった経年変化を楽しませてくれる。言い換えれば、このモデルは時間の経過とともに個性が生まれるもので、今回掲載している写真からも独特の経年変化が表れていることが分かるだろう。ただし、ソリッドバックはブロンズ製ではなく、ブロンズカラーコーティングを施したチタン製。つまり、ケースバックは経年変化による色の変化がないのだ。その理由は、ブロンズは肌に直接触れないほうがいいからである。
ブラックセラミックをはめ込んだベゼルやヴィンテージ調の時分針、モンブランのロゴ、経緯線を配した地球儀との組み合わせにより「モンブラン 1858 ジオスフェール」はアウトドアシーンでもオフィスでも活躍するルックスに仕上がっている。そして、このモデルにはアドベンチャーの雰囲気を抑えたステンレススティールのバージョンも用意。どちらも100mの防水性能を実現している。
「モンブラン 1858 ジオスフェール」は、旅行好きにとっては興味深い選択肢のひとつとなるだろう。自動巻きムーブメントに採用されたモジュールは、自社開発の革新的で利便性の高いもので、2つの地球儀によって直感的に情報を読み取る機構は他にはないものだ。もっとも、最初に手にしたときは視認性が高いとは感じられないが、ブロンズの経年変化は時計に個性と存在感をもたらしてくれる。ユニークなルックスの機械式トラベルウォッチとして、このモデルは利便性が高く、価格も手頃で、簡単に操作できることも特筆。秒針こそ付いていないが、第2時間帯表示が設けられているのはうれしいオプションだ。
「モンブラン 1858 ジオスフェール」は、頻繁に旅を楽しむすべての人に必要な情報を与え、旅する前の時間にも幸せを与えてくれる時計と言えるだろう。