1984年「クロノマット」ファーストモデル
1984年に登場した通称AOPAモデル。ブランドロゴは翼が生える前の「B」マークで、12時位置の30分積算計下にAOPAのマークが描かれる。自動巻き(Cal.ETA7750)。17石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径39mm)。100m防水。
シュナイダーは82年のイタリア空軍のアクロバット飛行チーム、フレッチェ・トリコローリ用の時計の公募に募集した。その際彼は、自身のスイス軍時代からのツテがあったのか、直接イタリア空軍に乗り込んで要望を聞き、それに基づいて開発するという手法を取った。その結果出来上がったのがブライトリングの「フレッチェ・トリコローリ」(83年)であった。そのフレッチェ・トリコローリの文字盤のデザインなどを変更して登場したのがシュナイダー版の初代クロノマット(84年)となる。
現役パイロットからのアドバイスを取り入れたことは、裏蓋に“TESTED AT 20G”(=20Gの耐衝撃性能)と誇らしげに書かれていることにも現れている。また袖に引っかかりづらいように、短く直線的なラグを持ち、逆に操作が容易なように、ライダータブはつかみやすくデザインされている。そして裏蓋には金線で、フレッチェ・トリコローリが用いていたアエルマッキMB339Aの刻印が刻まれているのも空軍との関係性を誇らしげにうたっているのである。
文字盤に描かれたブライトリングのロゴは以前から用いられていた「B」のマークのみだが、このモデルでは12時にAOPAのおなじみのウィングマークが入っている。後のモデルとの大きな違いは、まず裏蓋がスムースなドーム型の形状をしており、そこにオープナーの爪をかける切り欠きがある、よくありがちなデザインとなっていることがある。また文字盤のインダイアルの彫込みはあるが、極めて浅くなっている。
そしてパット見には分かりにくいのだが、インダイアルなどにサーキュラーの彫り込みがしっかり施されているのである。一見そっけない仕上げに見えながら、実際には丁寧な造作が施されているのは70〜90年代初頭の時計によく見られた手法であった。このやり方はものづくりの観点から言うと反射を防ぎ視認性を高めるという極めて誠実なものであるが、多分にアピールに欠ける点があり、2000年代の機械式時計の復興以降はより分かりやすい、ひと目見ただけで高級感を感じさせるものに駆逐されていくことになったのであった。
インデックスの造形も極めてシンプルであり、またその後ブライトリングのアイコンとなったクロノグラフ秒針の尾部の“Bマーク”が入っていない。そのクロノグラフ秒針のBマークは後年になってから入れられたとされているが、交換されたものが多いであろうか、現在ではこの初代(Ref.81950)であってもBマーク入りのものが見られる(もしくはBマーク入りの登場が通説よりも早いのでは、と筆者は疑っている)。ケースの仕立ては後のポリッシュを多用したものと異なり、機上で使う際の反射を嫌ったフレッチェ・トリコローリと同様に全面サテン仕上げになっている。
この初代クロノマットを手にすると、真剣にパイロット用のクロノグラフとして作られたことが随所に感じられる。まず、先代まで採用されていたパイロットブレスレットになる以前の、ルーロー(バレット)ブレスレットが挙げられる。これは円柱を連ねたような形状をしており、可動性が高く腕なじみが良い上に、ピースごとに円弧状となっているために腕とほどよく隙間ができて、汗をかいたとき、皮膚に張り付くことがない。
また、きれいなドーム状の裏蓋もスムーズな着け心地に寄与している。ケースは全面つや消しのため、太陽光を浴びてもギラついて視野を邪魔することはなく、そっけないデザインの文字盤も白黒のはっきりしたコントラストのために視認性が極めて高いのである。プロフェッショナルの計測器具としてはまさに非の打ち所がなく、例えばオメガのスピードマスターやセイコーの「フライトマスター」に通じるものが感じられるのであった。
この徹底したプロフェッショナリズムの追求は、フレッチェ・トリコローリへの採用という成果を上げることにつながった。そしてプロフェッショナルなパイロットウォッチとしてのブライトリングの復活の狼煙としては上々であった。その一方で、逆に言うと他のメーカー、例えばオメガやIWCといった元来プロフェッショナル用として知られる時計メーカーとの差別化という点では弱かったように思われる。
2000年「クロノマット2000」
ケース系39mm時代最後のモデル。ブレスレットはエディ・ショッフェルのデザインらしく、コマが細かく、装着感に優れたものが採用されている。自動巻き(Cal.13)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径39mm)。100m防水。
シュナイダーは理想を追求するクリエーターである以上に、優秀な経営者だった。それはブライトリング以前に経営していたシクラが4つの工場を持ち、年産が100万本を超えていたことからもよく分かる。シュナイダーはフレッチェ・トリコローリが所属するイタリア空軍からの縁なのか、イタリアで時計の代理店「トラデマ」を経営していたルイジ・マカルーソからアドバイスを受けて、クロノマットを改良したのであった(編集部注:ルイジ・マカルーソの長男であるステファノは、クロノマットのデザインはルイジが手掛けたと述べている)。
まずライダータブなどに18Kゴールドを用いたコンビモデルのビコロが投入された。それと同時期に、“AOPA”のマークの代わりに、AOPAマークと似ている、ただし立体的にゴールドでプリントされた、いわゆるウィングマークロゴが導入された。これらの変化はクロノマットに—例えばビコロにおけるステンレスの銀とゴールドの鮮やかな対比による—華やかな雰囲気をもたらし、シュナイダーやマカルーソの目論見通り、イタリアでクロノマットは高い人気を集めたのであった。
それからほどなくしてシュナイダーはエディ・ショッフェルを招聘した。エディ・ショッフェルは「エベル 1911」やタグホイヤー「S/eL」(後のリンク)のデザインで著名なデザイナーである。彼のデザインにはいくつかの特徴があるが最も特徴的なのはケース全体やブレスレットがなだらかな曲線で構成されており、着け心地が非常に良いことであろう。
それに伴う曲線的・女性的とさえ言える優美なデザインは、現在に至るまで最も優れたもののひとつであろう。ショッフェルのデザインでもうひとつ筆者が挙げたい点がある。1970-80年代当時では、スポーツウォッチの分野では、例えばジェラルド・ジェンタ(オーデマ ピゲ「ロイヤルオーク」やパテック フィリップ「ノーチラス」、IWC「インヂュニアSL」など)やヨルグ・イゼック(ヴァシュロンコンスタンタン「222」やタグ・ホイヤー「6000」など)のようにケースとブレスレットを一体化したデザインが流行だったのに対して、ショッフェルのデザインは革ベルトに替えても自然なものであったということだ。
その一方で、ブレスレットにした際のデザイン的な一体感も優れていたことは特筆に値する。筆者自身はショッフェルがデザインした時計たちを別して好んでいるが、ジェンタやイゼックのデザインも、それはそれで非常に好きなのである。
ショッフェルは、クロノマットのブレスレットをルーローブレスレットからパイロットブレスレットに変更した。先述の通り、ルーローブレスレットは極めて着け心地に優れるものだったが、80年代のブレスレットによくある、左右への遊びがほとんどない、ねじれる方向には可動しないものであった。これは同時期にデビューしたIWCの「オーシャン2000」も同様である。そのためルーローブレスレットは着け心地の点では極めて優れていたが、ひねり方向の力がかかると破損しやすい、という欠点を抱えていた。
対してショッフェルは、新しいパイロットブレスレットのコマを細かく分割した上で隙間を詰めすぎず、適度なゆとりをもたせることで、着け心地と可動性、そして耐久性を兼ね備えた極めて優れたものに進化させた。またクロノマットの文字盤もインダイアルの段差を大きくしたり、外周にリングを加えたりすることで、実用的ながら、徐々に華やかさを押し出すようなデザインになっていったのであった。
そのひとつの集大成が2000年に発表された「クロノマット2000」だった。本作は、オリジナルと同じ直径39.5mmのクロノマットとしては最後のモデルになった。2000が登場するまでに行われてきた改良で、裏蓋はオープナーのために多角形の辺が刻まれたものとなり、ケースの刻印も英語からフランス語になった。余談であるが、ブライトリングが各種表記にフランス語を好んで用いているのに対し、近年他社でフランス語表記が減って英語の記載が増えている。スイスがフランス語もしくはドイツ語を使う国であることを考えると寂しい限りである。ブライトリングにはこれからも末永くフランス語表記をどんどん使ってもらいたいものだ。
オリジナルのクロノマットとケース径が同じだけに、クロノマット2000は、既存のモデルの小変更と、デザイン上の目立つ点が変更されたモデルと捉えられやすいが、実際のオリジナルとの相違は多岐にわたる。
先に挙げた裏蓋の他にも、ラグはより太いものとなっており、裏側にはそれをカバーするために切り欠きが設けられている。ケースも鏡面仕立てになっているがクロノマット2000からの変更ではなく、初代フレッチェ・トリコローリとAOPAを除いて、すぐに改められていたものであった。
ベゼルも一見すると60分のスケールに墨が入っていないほかはオリジナルに似ているものであるが、実際にはベゼル自体の厚みがずっと増して存在感を増したものとなっているのである。
文字盤はインダイアルの外周に金属製の太いリングがはめられ、インデックス自体もより立体感を増している。純粋な時間の判読性、という点ではオリジナルの方が優れているかもしれない。しかし鍛造製のケースも含めて、クロノマット2000の作りは非常にかっちりしており、それもあってクロノグラフとしての機能を十分に満たした上で、ブライトリング独自の華やかさを手に入れた、と言えるではなかろうか。オリジナルから積み重ねてきた変更のたどり着いた姿として、クロノマット2000はシュナイダーによるブライトリングの集大成と言えるだろう。
その一方で本作にもいくつか気になる点はある。ケースが立派になったこともあり、プッシャーは依然として押しやすいものの、「パイロットが機上で操作しやすい」とされている玉ねぎ型リューズの操作が、厚くなったケースやベゼルに埋もれてやりにくいのである。また、初代のクロノマットではベゼルの上にライダータブを装備していても「袖に引っかかりにくい」というパイロットからの要求を実現していたが、ケース全体やベゼルの厚みが増したことにより、クロノマット2000ではベゼルやタブの引っ掛かりは看過できないものとなっているのである。
本作は、「計器としてのブライトリング」よりも、より華美な方向に大きく舵を切ったモデルだと言えるだろう。とはいえ、現代の基準では十分にコンパクトで今の目から見ると凝縮感に優れて素晴らしい時計である。またブライトリングクロノメトリーによって徹底的に仕立てられたETA7750の改良版ことCal.13の精度と安定性も非常に高く、実用性ときらびやかさを兼ね備えた魅力的なクロノグラフなのである。筆者自身は人気が非常に高かった当時を懐かしんで、キラキラさが際立ちやすいブルー文字盤のモデルを選んで使用している。