2021年夏、いよいよ東京2020オリンピック競技大会が幕を開けた。東京で開催されるのは1964年以来のことである。当時セイコーが務めていたオフィシャル・タイムキーパーを、今大会で担うのはオメガだ。
1932年以来、オメガはオリンピックへの参加をストーリーの中心に据え、同社における高精度な時計製造を歴史的に語る際の要としてきた。しかし、オリンピック大会と時計ブランドとの関係にはもう少し複雑な歴史がある。
今回は時計専門誌『ヨーロッパスター』のアーカイブより、大阪大学経済学部 経済学専攻 教授のピエール=イヴ・ドンゼ氏の記事から、その歴史をひもといていく。
Text by Pierre-Yves Donzé, Professor at Osaka University
2021年7月27日掲載記事
時計ブランドが、タイムキーパーとして参加した始まりは20世紀初頭
時計ブランドがオフィシャル・スポーツイベントにタイムキーパーとして参加した始まりは、20世紀初頭にさかのぼる。ホイヤー、ロンジン、オメガなどのブランドは、スポーツイベントを計測するための技術設備を備えていた。彼らはスポーツイベントにおけるタイムキーパーとしての存在が、広告的インパクトをもたらすことを早くから理解していた。知名度の高いイベントに参加するほどに、高精度な時計製造の技術力があるブランドとしてのイメージを伝えることができたのだ。1915年、ロンジンの技術責任者であるアルフレッド・フィスターは、年次報告書の中で「オフィシャル・タイムキーパーとしての役割は利益をもたらすものではないが、ブランドの評価を確固たるものとして非常に重要である」と書いている。
1950年代以降、ブランディングのためにオリンピック大会などに参入
特に1950年代以降、多くの時計ブランドが計時機器の完成度を高めるために多額の投資を行い、オリンピックなどの大きなスポーツイベントへの参加を強化した。高品質の時計を大量生産し、世界市場を牽引する時計ブランドとなることを戦略的に目標としていたセイコーは、1964年の東京オリンピック大会にオフィシャル・タイムキーパーとして参加し、大きなコミュニケーション上の成功を収めた。この大会はスイス以外のブランドが、タイムキーパーを務めた初の大会となったのである。
日本でセイコーがスポーツに関連した計時機器製造に力を入れていたその頃、スイスでは急速に普及したテレビ放送による草の根のスポーツブームに便乗して、多くのブランドがスポーツに関連した腕時計を発売していた。1968年のメキシコ大会の際には、ヨーロッパスターが特集号を発行し、ホイヤー、レオニダス、ロンジンなどから発表された多種多様なモデルやブランドを紹介した。しかしこの時、オメガの紹介は見られなかった。
日本に対抗するためスイスの時計ブランドが協力
日本からの競合の参戦に直面し、スイスの時計ブランドは数十年にわたる激しい競合に終止符を打ち、協力することを決めた。この挑戦は、一社ごとのブランドを販促していくことよりも、スイス時計そのものの名声を世界に広めることに目的が置かれた。
5年に及ぶ協議の末、1972年に、スイス時計協会、ロンジン、オメガの3社は「Société Suisse de Chronométrage Sportif SA」、のちの「スイス・タイミング」を設立した。1973年にはホイヤーもこれに加盟している。
この設立により、各ブランドはタイムキーパーの役割をさまざまな競技や種目に応じて分担するようになったのである。例えば1972年のオリンピックミュンヘン大会では、ロンジンが水泳、自転車、ボクシング、体操などを担当した。
ホイヤー・レオニダスは、スイス・タイミングを離脱する少し前に、1980年のレークプラシッドオリンピック大会用に計時機器を開発した。
スイス・タイミングは、1983年にスウォッチ グループが設立される際にその内部へ吸収されている。当初は、バルセロナオリンピック大会(1992年)の計時を担当することになったセイコーに対抗して、時計大国スイスのイメージを守ることが課題であった。
1990年代には、さまざまな時計ブランドがスイス・タイミングの関与するスポーツ大会でプロモーションを行った。その中には人気絶頂期を迎えたスウォッチをはじめ、数多くのオリンピック大会での活躍を示す広告を1992年に打ち出したロンジンなどを見ることができる。
21世紀のはじめには、北京大会(2008年)の開催と共に、オメガが中国市場で目覚ましい成長を遂げる大きな転機を迎えた。オリンピック大会におけるオフィシャル・タイムキーパーであることは、オメガのストーリーを語る上で欠かせないものとなり、オメガはスウォッチ グループの中で、このイベントをコミュニケーションに使用する独占的な権利を与えられたのである。
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