着用してこそ気付く、セイコースタイルの真価
それではいよいよ試着に移る。バックルの開閉はサイドに付いたプッシュボタンで行う。開くときも閉じるときも余計な引っ掛かりなどなく、ノンストレスで操作可能だ。特に閉じる際には明確にパチンという音がするため、安心感も強い。ブレスレットの感触は滑らかそのものである。コマの可動域が大きいことと、コマの裏側が微妙にカーブしていることが装着感の良さに寄与しているのだろう。バックルのプレートやプッシュボタンを邪魔に感じることもない。
装着したグランドセイコーは、第一印象の通りコンパクトに感じる。筆者の腕周りは、日本人の成人男性としてほぼ平均的な数値と思われる16.5cmだが、まるで誂えたかのようにしっくりとなじんだ。厚さ14mmのケースはダイバーズウォッチ並みであるが、ベゼル、ミドルケース、ケースバックにうまく厚さを分散させているからだろうか、視覚的にそこまでの厚さは感じない。
直線と平面で構成されたセイコースタイルは、実際に着用してこそ真価を発揮する。ザラツ研磨が施されたラグ上部は、まるで鏡であるかのように歪みなく輝くが、それと同時にベゼルやケースのサイドには若干の影が落ちる。この光と影が絶妙なコントラストを生み、時計全体に立体感をもたらしている。ポリッシュ仕上げとサテン仕上げを使い分けて立体感を演出する時計は枚挙にいとまがないだろう。しかしグランドセイコーは、それを全面ポリッシュ仕上げのケースでやってのけているのである。光と影のコントラストさえもデザインを構成する一部に組み込んでしまうグランドセイコーには、自然を意のままに操りねじ伏せるのではなく、あるがままを受け入れ共存するかのような優しい温かみを感じる。
先述した通り視認性は非常に優れており、それは実際に着用しあらゆる角度から見た場合でも変わらない。一目見ただけで時刻がパッと目に飛び込んでくるのはノンストレスで気持ちがいい。しかし、だからこそと言うべきか、気になってしまうところもある。サファイアクリスタルにうっかり触れてしまうと指紋が目立って仕方ないのである。この“指紋問題”はケースにも同様のことが言える。特にラグ上部の幅広の鏡面にうっかり触れてしまうと、途端に輝きを失ってしまう。いや、正確には失いはしない。依然として輝き続け、指紋を白日の下に晒す。クロスで拭き取れば何のことはないが、職人がせっかく仕上げた綺麗なケースを汚してしまったようで申し訳なくなる。そして何よりも、最高の時計は最高のコンディションで使ってやりたいものである。
ダイアルに施された岩手山パターンについて、先ほど筆者は、“室内の明かりではあまりはっきりと捉えることができなかった”と評した。だが、いざ着用して外に出ると、それが自身の思い違いであったことに気付かされた。腕時計のダイアルは、しばしば”フェイス”という言葉で表現されることがある。フェイスとはすなわち顔である。では、人間の顔とは常に同じ表情だろうか。その場その場に合わせて、表情は大きく変わるはずである。今作に施された岩手山パターンは、表情のひとつを形作るものなのである。晴天の中連れ出したグランドセイコーは、その繊細なパターンをはっきりと見せてくれた。環境によって異なる表情を見せるのは、何とも趣があって良いのではないだろうか。
ここまで順調にレビューしてきたが、強いて不満を挙げるとしたら、ブレスレットの微調整ができないことだろう。ブレスレットが腕にフィットするかどうかは、もちろんその長さによる。しかし、腕周りは体調や体重の増減に伴って日々変動する。汗をかく夏場は緩めに着けたいという場合もあるだろう。そんな要望に応えるべく、昨今各社はブレスレットの微調整機構に力を入れ始めている。本作はブレスレットのコマを増減させる以外に長さを調整する方法を持たない。だからといって、素人が精密ドライバーを用いて調整するのはリスキーである。着用感を左右する部分であるからこそ、簡単にブレスレットの長さを調整できたらより良かっただろう。
最後にリュウズを操作してみたい。直径7mmのリュウズを6時方向に回転させ、ねじ込みを解除すると巻き上げのポジションとなり、そのまま12時方向にリュウズを回転させると主ゼンマイを巻き上げることができる。しっかりとした手応えとともに、ジジジッとコハゼの音が聞こえる。もう一段引き出すと、時針を1時間単位で単独調整することができる。
例えば海外に行った場合には、このポジションで時針を時差分調整し、ローカルタイムを設定するのである。日付の調整もこのポジションで行う。時針を単独で2周させることにより、日付を切り替えるのだ。通常の3針時計に比べて日付調整が面倒だが、早送りの禁止時間帯を気にしなくて良いことと、日付を進めるだけではなく戻すことができるのはメリットでもある。更にもう一段引き出すと時刻調整が可能となる。秒針規制が働き、分針に合わせて時針と24時間副時針を連動して動かすことができる。
総評:人生のパートナーにふさわしい、高い完成度を誇る1本
今回は2週間ほどテストしたが、率直な感想として、非常に完成度の高い時計であったと言わざるを得ない。着用当初はケースの厚みに違和感を覚えることもあったが、それも数日使用しただけで慣れてしまった。日常使用に十分な防水性を備え、高い視認性と精度を誇り、アフターサービスの憂いもない。生真面目かと思いきや、ふとした瞬間に魅惑的な表情を浮かべ、ユーザーを退屈させない。人生のパートナーとしてぴったりではないだろうか。前述のように指紋が目立つため、クロスを持ち歩き、時折りケアしなければならないかもしれないが、それさえも楽しみと捉えられるのであれば後悔しない選択だろう。
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