諏訪の御神渡りをダイアルに落とし込んだ、グランドセイコー「SBGY007」をレビュー

2022.04.21

見どころは躍動感あふれるダイアルだけにあらず

 それでは、外観からレビューしていこう。まず真っ先に目に飛び込んでくるのは、淡く透明感のあるブルーの“御神渡り”ダイアルだ。ダイアル全体に、打ち寄せる波のようなパターンが薄く施されている。このパターンは、職人が鏨(たがね)と鎚(つち)を駆使して作り上げた金型を用いることで再現されたものである。パターンの主張は激しくないため、光の当たり具合によって、ころころと表情を変え、まるできらめく氷のような躍動感を感じることができる。

 ダイアル上には細く、しかし多面カットによってしっかりとした視認性を誇るインデックスが配されている。詩的なダイアルを一気に現実に引き戻してしまうようなデイト表示はなく、シンメトリーなデザインは、“御神渡り”の荘厳なイメージにぴったりである。

SBGY007

グランドセイコー「エレガンスコレクション SBGY007」
スプリングドライブ(Cal.9R31)。30石。平均月差±15秒(日差±1秒相当)。パワーリザーブ約72時間。SS(直径38.5mm、厚さ10.2mm)。日常生活防水。93万5000円(税込み)。

 ケースはステンレススティール製。ラグ先端に向かって緩やかなカーブを描くエレガントな形状は、力強さを全面に押し出した他の多くのグランドセイコーとは一線を画す。ポリッシュ仕上げを主体としつつも、ミドルケース側面のサテン仕上げがアクセントとなっている。

 時分針はグランドセイコーらしいドーフィン型。ブルーの秒針はミニッツトラックまですーっと伸びており、1秒1秒をはっきりと読み取ることができる。グランドセイコーとしては珍しく、分針と秒針の先端がダイアルに向けてカーブしており、判読性を高められている。スプリングドライブムーブメントを搭載しているため、秒針の動きは完全なるスイープ運針だ。

 ケースバックはシースルーとなっている。搭載するムーブメントCal.9R31は手巻き式スプリングドライブであるため、主ゼンマイ巻き上げ用のローターが鑑賞の邪魔をすることはないが、輪列のほとんどは受けに覆われている。恐らく、シースルーバックに求めるものは人それぞれ異なるだろう。職人の手作業が冴える仕上げを期待する人もいれば、歯車が動く様子を期待する人もいるはずである。

 受けに施された繊細なヘアライン、青く彩られたネジやロゴ、石数表示等の文字、縁にしっかりと施された面取りは、前者を喜ばせるに違いない。では動きを期待してはいけないのかと思ってしまうが、これは間違いである。受けにはいくつか穴が開けられており、そこから歯車を見ることができる。その中でも注目すべきは、スプリングドライブ特有のローター(自動巻き用の回転錘ではない)であろう。これは、IC回路で制御された信号を輪列に伝えるための部品である。機械式であればテンプ、ガンギ車、4番車あたりが動きの分かりやすいところであるが、発停を繰り返すこれらとは違い、一定の速度で回転を続けるローターは、スプリングドライブならではの見応えのあるポイントだ。

Cal.9R31

 更に、受けにはパワーリザーブインジケーターが配されており、主ゼンマイの巻き上げ具合を確認することができる。もちろん、Cal.9R31にはきちんと巻き止まりがある上に、そもそもパワーリザーブが約72時間も備わっている。毎日フルに巻き上げておけば、あるいはたまに忘れてしまうことがあったとしても、そうそう止まってしまうことはないだろう。しかしながら、主ゼンマイの残量を知る術があるのは便利だ。複数の時計を使い回している場合、その恩恵は大きいだろう。日常生活用防水ではあるものの、きちんとスクリューバックになっているのは如何にも実用性に配慮されたグランドセイコーらしい。

 ケースの厚さは10.2mm。しかし視覚的には更に薄く感じる。ミドルケースが、ケースバックに向かってえぐれた形状であることが大きいのだろう。ベゼルやケースバック、そして風防も薄く作られている。特にこのカーブサファイアクリスタルでできた風防は、薄型でありながらもあくまで柔らかな曲線を失っておらず、まるでアンティークウォッチに用いられるプラスティック風防を思わせる。

 ストラップはブルーのアリゲーター製。三つ折れ式のフォールディングバックルが備わっており、簡単に脱着できるだけでなく、ストラップの寿命も延ばすことができる。特にアリゲーターストラップは安いものではないため、標準でフォールディングバックルが設定されているのはうれしい。


グランドセイコーとしての安心感が光る、優れたパッケージ

 実際に着用してみる。フォールディングバックルのおかげで脱着は非常にスムーズだ。バックルが嵌合式の場合は少し力を入れて外す必要があるが、本作にはプッシュボタンが備わっているため、無理に引っ張って冷や冷やすることもない。腕に着けると、ケースの薄さがより際立つ。ラグからラグまでの長さも抑えられているため、腕上の収まりも上々だ。ただし、フォールディングバックルに厚みがあるため、デスクワークの際には少々煩わしく感じてしまうかもしれない。これは先述のプッシュボタンが備わっていることによる利便性とのトレードオフとなるため、仕方のないところだろう。

薄型時計

厚さ10.2mmと、ドレスウォッチとしては厚みのあるケースだが、実際に着用すると数値よりも薄く感じられる。ラグからラグまでの長さが43.7mmと短めのため、腕への収まりも良好だ。

 ストラップはしなやかだ。特にアリゲーターやクロコダイルのワニ革は、モノによっては非常に硬く、最初のうちは腕を万力で締め上げられているのではないかと錯覚するほどのものがある。それはそれで、なじんできたときに感じる「ようやく自分のモノになってきた」という感覚が悪くないが、一般的にどちらが好まれるかは考えるまでもないだろう。

 着用して改めて感じるのは、ダイアルの綺麗さである。当たり前の話だが、手首は上げたり下げたり回転させたりと、人体の中でも動きの多い部位である。その動きはさまざまな角度から、時計に光を浴びせることとなる。屋内か屋外か、照明の種類や天気によって、その瞬間瞬間ごとに見せる表情は、どれも魅力的だ。長く使えば使うほど、ひとつまたひとつと好きなポイントが発見できるのは、モノに対する付き合い方というよりも、人との付き合い方に似ている。

 次に腕から外し、手巻きをしてみる。リュウズを12時方向に回すと、“チチチチチ...”という音とともに主ゼンマイが巻き上げられる。機械式手巻きムーブメント譲りの適度な重さとコハゼの感触が効いた巻き心地である。時計を裏返し、パワーリザーブインジケーターが動くのを見つつ巻き上げるのが良いだろう。時刻調整は、リュウズを1段引き出して行う。こちらも軽すぎず重すぎず、狙ったところに簡単に合わせることができるためストレスはない。この辺りも、さすがグランドセイコーだと感じる部分である。

Cal.9R31

ヘアライン仕上げの受けに覆われたムーブメント。ところどころに開けられた穴は、縁に面取りが施されており、そこから内部を覗くことができる。パワーリザーブインジケーターがさりげなく配されており、その横には、主ゼンマイを2段重ねとすることで72時間ものパワーリザーブを実現した、デュアル・スプリング・バレルが搭載されている。

 ドレスウォッチというと、一般的に薄く華奢なものが多い。そもそも純粋なドレスウォッチと呼ぶべきかは判断が分かれるものとして、本作はスクリューバックを採用した防水ケースや、磁気に強く剛性感を備えたムーブメントによって、ドレッシーでありながらも普段使いするに気兼ねしない安心感がある。まさに中庸の良さが光る1本だ。