「クォーツ時計ブランド」という呪縛
1995年にスイスの時計フェア取材を開始してからずっと感じてきたことだが、海外では「SEIKO」といえば、機械式ではなく“クォーツの時計ブランド”というイメージが圧倒的だった。
1969年12月25日発売の世界初のクォーツ腕時計「セイコー クオーツアストロン 35SQ」を筆頭に、キネティック(自動巻き発電クォーツ)、スプリングドライブ、GPS電波ソーラーと、常に「時代の先を行く」画期的な電子系のムーブメントを開発してきた歴史を考えれば、それは無理もない。
ただ1970年代半ば以降、半導体メーカーが製造したクォーツ時計のICチップがわずかな価格で広く市販され、時計専業メーカー以外がこぞって安価なクォーツ時計を販売したことで起きた価格破壊があまりに強烈だったため、「セイコー」ブランドには「廉価な時計」というイメージが付きまとった。
一方、スイス時計は老舗ブランドを中心に、1980年代後半からラグジュアリー戦略を採用し、高価格帯にシフトする。だが、セイコーにとってクォーツモデルを中核にした低・中価格帯のビジネスは、スイス勢のようにバッサリ捨てることなどできないもの。特にスポーツウォッチでのシェアと信用は当時も今も圧倒的だ。
ただセイコーは1960年代末には機械式の理論でも技術でも世界最高水準に到達していた。このレガシーを再生し、高価格帯にアプローチすることの必要性は1980年代から明白であった。
そして、このラグジュアリー戦略を担って復活したのが、1960年に誕生し、1988年にクォーツとして復活したブランド「グランドセイコー」だった。そして、この復活劇は1998年の9S系メカニカルムーブメントを搭載した機械式モデルの誕生でひとつの大きな節目を迎えたことは、当時を知る人ならご存じだろう。
セイコーの複雑時計技術に「お墨付き」
2022年、グランドセイコー初の複雑時計「Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン SLGT003」発表とウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2022への初出展は、この復活劇のクライマックスであり、「グランドセイコー」ブランドによるラグジュアリーな時計ビジネスが、復活から次の段階へ踏み出した、新たな物語の始まりを象徴する出来事だった。
そして今回のGPHG2022でのKodoのクロノメトリー賞受賞は、スイスの時計界がセイコーの複雑時計技術のレベルが世界最高峰であることを認め、「お墨付き」を与えた出来事であり、スイス時計界からグランドセイコーの新たな物語の幕開けに贈られた特大の花束だと言える。
さらにこの受賞は、スイス時計界で起きている世代交代とシンクロし、「グランドセイコー」の時計作りにおいても、その担い手が新世代に引き継がれたことも意味している。Kodoの設計・開発、さらに技能者として組み立ても担当する川内谷卓磨氏は、1998年に製品化された9S系メカニカルムーブメントの開発設計者、重城幸一郎氏のもとで、新世代の機械式ムーブメント「キャリバー9SA5」の開発にも関わってきた新世代の一員である。
今回のKodoも、キャリバー9SA5を搭載したグランドセイコーも、もはや過去のレガシーを超越した異次元の機械式時計だ。筆者は、内藤昭男氏と共にGPHGのステージに立つ少し前に川内谷氏にインタビューできた。そこで彼から「温めている複雑時計のアイデアが数多くある」と聞いた。Kodoはまだその序章に過ぎない。
次に何なる複雑時計とは何か? ますます期待は高まるばかりだ。
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