では、ガラス質の釉薬をより磨ける素材はないのか。メガネレンズの研磨工程にヒントを得た彼は、ある会社を紹介してもらい、今までとは異なる研磨材を手に入れた。文字盤を拡大して見ても、研磨跡は全く見られない。もっとも、どれだけ丁寧に釉薬を潰し、ふるいで粒子を細かくしても、釉薬には気泡が入ってしまう。そのため、何度も焼成を繰り返して気泡を潰した後、磨きをかけている。今までの白文字盤も手が掛かっているが、瑠璃青文字盤の製法は、一層凝っている。
叡智Ⅱのユニークさは文字盤に限らない。裏蓋側から見たムーブメントは、あたかもケースから浮かんでいるようだ。そのため、受けの外周に施された深い面取りが強調されている。理由は、ユニークなムーブメントの固定方法にある。
普通はケースに中枠(スペーサー)を収め、そこにムーブメントを固定する。対して叡智Ⅱでは、ケースの内側に耳を立て、そこにムーブメントを固定しているのだ。理由のひとつは小さなケースに大きなムーブメントを組み込むため。結果、ケースの軽量化と着け心地のよさにもつながった。もうひとつは裏蓋の縁を細くして見切りを大きくすることで、裏蓋のガラスからムーブメント外周の面取りを欠けることなく見せるためである。ケーシングに工夫を凝らすメーカーは少なくないが、ムーブメント全体をよりしっかりと見せることを狙っての試みは稀だ。
叡智Ⅱがセラミック文字盤を採用できた大きな理由に、この優れたケースがある。そもそもセラミックスの文字盤は、裏側に脚を立てられないため、ケースで挟み込んで支えるしかない。しかし、文字盤自体に金属素材のような柔軟性がないため、ショックを受けると割れてしまう。
対して叡智Ⅱでは、セラミック文字盤を純鉄製の文字盤枠に固定し、ベゼルの下に格納している。その際、文字盤とケースのクリアランスを0.1mm開けることで、ショックを受けても文字盤がベゼルに当たらないようにしている。事実、過去にMA工房で受け付けた叡智と叡智Ⅱの修理依頼に、文字盤の破損は一例もない、とのこと。
しかし、釉薬を重ねるセラミック文字盤は、微妙に厚さが異なる。そのため、同じように組んでも、0.1mmのクリアランスが得られるとは限らない。そこで叡智Ⅱでは、ムーブメントをケースに固定する機械止め爪という部品を0.05mm単位の厚さ違いで3種類用意した。文字盤が厚いとベゼルとのクリアランスは狭くなるが、そこに薄い機械止め爪を使うことで、0.1mmのクリアランスを得られるわけだ。
文字盤の厚みに応じて機械止め爪を替えるアイデアは、今まで聞いたことがない。しかし、これほどまでに手を掛ければこそ、本作は世界中の愛好家に渇望される時計となったのではないか。隅々まで配慮が行き届いた叡智Ⅱを評するには、ミケランジェロの言葉がふさわしそうだ。曰く、「些細なことが完璧を生み出すが、完璧は些細なことではない」。
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