クレドール「叡智Ⅱ」シンプルウォッチの頂点へ

2023.02.08

 では、ガラス質の釉薬をより磨ける素材はないのか。メガネレンズの研磨工程にヒントを得た彼は、ある会社を紹介してもらい、今までとは異なる研磨材を手に入れた。文字盤を拡大して見ても、研磨跡は全く見られない。もっとも、どれだけ丁寧に釉薬を潰し、ふるいで粒子を細かくしても、釉薬には気泡が入ってしまう。そのため、何度も焼成を繰り返して気泡を潰した後、磨きをかけている。今までの白文字盤も手が掛かっているが、瑠璃青文字盤の製法は、一層凝っている。

焼成前の文字盤と焼成後の文字盤

焼成前の文字盤(右)と焼成後の文字盤(左)。表面張力で盛り上がった釉薬は、決して変形しないセラミックス製の土台があればこそ。また焼成時に釉薬の中に顔料を混ぜるイングレーズ技法により、エナメル文字盤とは異なる独特の深みを得た。焼成時に釉薬に働く表面張力により、釉薬の厚みは周囲が薄くなり独特の濃淡を醸す。ちなみに現在多くのメーカーがエナメル文字盤の製造に取り組むが、釉薬を載せたセラミック文字盤を製作するのは、MA工房を擁するセイコーエプソンを含めて数社のみである。

 叡智Ⅱのユニークさは文字盤に限らない。裏蓋側から見たムーブメントは、あたかもケースから浮かんでいるようだ。そのため、受けの外周に施された深い面取りが強調されている。理由は、ユニークなムーブメントの固定方法にある。

ケーシングの工程

釉薬を載せて焼いた叡智Ⅱの文字盤は微妙に厚さが異なる。そのためベゼルと文字盤のクリアランスが0.1mmになるようケーシングを行う。ムーブメントとケースをつなぐ機械止め爪の厚みを変えて、ベゼルと文字盤の間隔を一定にそろえるテクニックは唯一無二だ。ケーシングを担当する増田千登勢氏は「これほどケーシングが難しい時計は他にない」と語る。

 普通はケースに中枠(スペーサー)を収め、そこにムーブメントを固定する。対して叡智Ⅱでは、ケースの内側に耳を立て、そこにムーブメントを固定しているのだ。理由のひとつは小さなケースに大きなムーブメントを組み込むため。結果、ケースの軽量化と着け心地のよさにもつながった。もうひとつは裏蓋の縁を細くして見切りを大きくすることで、裏蓋のガラスからムーブメント外周の面取りを欠けることなく見せるためである。ケーシングに工夫を凝らすメーカーは少なくないが、ムーブメント全体をよりしっかりと見せることを狙っての試みは稀だ。

針の取り付け工程

針の取り付け工程。ムーブメントと文字盤の固定に加えて、耐磁の役割も兼ねる純鉄製の文字盤枠と文字盤を固定した後に、3本の針を手作業で取り付けていく。写真が示す通り、3本の針のクリアランスは狭めだ。

ケーシングの工程

ケーシングの工程。文字盤枠、文字盤、そして針を取り付けたムーブメントに、ベゼルを組み付けたケースを被せる。その際、文字盤とベゼルに0.1mmの隙間が開いているかチェックする。隙間が足りなければ薄い機械止め爪を使ってクリアランスを増やし、逆の場合は厚い機械止め爪を選ぶ。熟練したMA工房の時計師でも、ケーシングには約1.5時間を要する。

 叡智Ⅱがセラミック文字盤を採用できた大きな理由に、この優れたケースがある。そもそもセラミックスの文字盤は、裏側に脚を立てられないため、ケースで挟み込んで支えるしかない。しかし、文字盤自体に金属素材のような柔軟性がないため、ショックを受けると割れてしまう。

小澤範明

MA工房製の時計ケースを設計するのが小澤範明氏だ。以前は内装と外装の設計は個々に進めていたが、「ソヌリ」から共同で推進したと語る。強いショックを受けても文字盤を破損させない文字盤枠、そしてムーブメントを見せるために内側をくりぬいた叡智Ⅱのケースは、いわばその集大成だ。

 対して叡智Ⅱでは、セラミック文字盤を純鉄製の文字盤枠に固定し、ベゼルの下に格納している。その際、文字盤とケースのクリアランスを0.1mm開けることで、ショックを受けても文字盤がベゼルに当たらないようにしている。事実、過去にMA工房で受け付けた叡智と叡智Ⅱの修理依頼に、文字盤の破損は一例もない、とのこと。

叡智Ⅱ

ムーブメント内部にローターを持つスプリングドライブは磁気に強くない。そのためリング状の耐磁板でムーブメントを囲う。叡智Ⅱでは地板に機械止め爪を固定している。ムーブメントを支える中枠を持たないため、宙に浮いたように見える。

機械止め爪

セラミック文字盤とベゼルのクリアランスを調整するのが、3種類の機械止め爪だ。これは標準的な0.5mm厚のもの。文字盤の厚みに応じて機械止め爪を替え、文字盤とベセルの間隔を一定にそろえる。

 しかし、釉薬を重ねるセラミック文字盤は、微妙に厚さが異なる。そのため、同じように組んでも、0.1mmのクリアランスが得られるとは限らない。そこで叡智Ⅱでは、ムーブメントをケースに固定する機械止め爪という部品を0.05mm単位の厚さ違いで3種類用意した。文字盤が厚いとベゼルとのクリアランスは狭くなるが、そこに薄い機械止め爪を使うことで、0.1mmのクリアランスを得られるわけだ。

 文字盤の厚みに応じて機械止め爪を替えるアイデアは、今まで聞いたことがない。しかし、これほどまでに手を掛ければこそ、本作は世界中の愛好家に渇望される時計となったのではないか。隅々まで配慮が行き届いた叡智Ⅱを評するには、ミケランジェロの言葉がふさわしそうだ。曰く、「些細なことが完璧を生み出すが、完璧は些細なことではない」。

文字盤枠、ケース

右は耐磁部材としての役割も兼ねる、セラミック文字盤の固定ホルダーの文字盤枠。素材は純鉄製。磁気を逃がすための機能部品を、文字盤を固定する部品と兼ねたのは賢い設計だ。左は内側を大きくえぐったケース。裏蓋とムーブメントを留めるネジを支える「耳」を残すため、先端の曲がった通称「鍵バイト」を切削で用いている。ダボ溝の加工に使うバイトを転用したが、ダボ加工に比べ切削量が多いので苦労した、と小澤氏は語る。



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なぜクレドール「叡智Ⅱ」がシンプルウォッチの最高峰と称されるのか【4K動画】

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クレドール/マイクロアーティスト工房編 Part.1

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