Edited & Text by Hiroyuki Suzuki
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]
スモールメゾンの強みが生きるローカルリミテッドの可能性
ドイツ国鉄のグラスヒュッテ駅から、線路に沿って流れる小川を挟んだ急斜面の中腹に建つ新生モリッツ・グロスマンの本社社屋。ウローファの工房跡地であったここには、ムーブメント製造のほぼすべてを賄えるだけの近代的な工房設備が調えられ、卓抜した技能を持つ職人たちによって、ハンドメイドのドイツ高級時計が生み出されてきた。目標として掲げる年産数は最大で1000本。しかしモリッツ・グロスマンが日本上陸を果たした2015年当時のキャパシティは年産約200本程度で、最盛期には約400本にまで数を増やしたものの、コロナ禍の影響やウクライナ侵攻に伴うインフラの高騰などを受け、2022年には約300本にまでシュリンクしてしまった。今やモリッツ・グロスマンは、望んでもすぐには入手できないブランドのひとつとなってしまった。
カタログモデルのラインナップに対する年産数のバランスから考えれば、モリッツ・グロスマンの時計作りは、多品種極少生産型と言えるだろう。こうしたスモールメゾンならではの特性は、ローカルマーケットの嗜好に合わせたリミテッドエディションを作りやすい。ドバイなどの中東市場向けに作られたモデルを見ると、例えば砂漠をイメージしたモデルのような「これもモリッツ・グロスマンなのか?」と思わせるような作品も見出せる。これを逆から言えば、日本市場におけるモリッツ・グロスマンのキャラクター性は、一貫してオーセンティックな印象が貫かれてきたということになる。こうしたイメージを強く牽引してきたのが、2015年からスタートした「ジャパンリミテッド」の存在だ。ブランドロゴから挿し色の赤を廃するところから始まり、スモールセコンド針の追加などを経て、ついには「ベヌー 37」や「コーナーストーン」といったワールドワイドモデルへと結実していった。日本におけるモリッツ・グロスマンらしさの象徴となったジャパンリミテッドやリテイラーリミテッド。その全貌を見てゆこう。
[2015. 11]ベヌー ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.100.0)。17石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KWGケース(直径41mm、厚さ11.1mm)。3気圧防水。限定数15本。当時価格300万円(税抜き)。
日本法人が設立された2014年6月の時点では、Cal.100.0を搭載する「ベヌー」と、Cal.100.1搭載の「アトゥム」(現インデックス)がモリッツ・グロスマンの主力ラインだった。そのうち2010年初出のベヌー(世界限定100本)はすでに生産が終了しており、本国に残っていたストックはすべて日本にデリバリーされたが、それも早々に完売。日本側はベヌーの追加生産をリクエストしたのだが、それはある理由で叶わなかった。
実のところ、生産コストとの兼ね合いもあって、ファーストロット100本と同価格では追加生産ができなかったのだ。そこでブランドロゴにあった赤い挿し色を廃した“ジャパンリミテッド”を企画。18KWGケース、18KRGケース共に通常モデルよりも10万円アップの価格設定とすることで、各15本ずつが追加生産された。以降この単色ロゴは、すべてのジャパンリミテッドに踏襲されてゆく。
[2016. 03]テフヌート ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.102.0)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径36mm、厚さ8.32mm)。3気圧防水。限定数15本。当時価格280万円(税抜き)。
モリッツ・グロスマン初の小径薄型モデルとして2015年に発表された「テフヌート」。オリジナルは36mmと39mmの2種で、いずれも2針のドレスウォッチとして企画されたが、それを3針の薄型モデルに仕立て直したものが、翌16年に登場した「テフヌート ジャパンリミテッド」だ。36mm用のケースをそのまま用いつつ、4番車(ベースムーブメントのCal.102.0は2番カナを加えた特殊な輪列を持つため、実際には6番車)にスモールセコンド針を追加。
新規設計されたダイアルには、ベヌー用のアラビック書体と雰囲気を合わせた新デザインのローマンインデックスが配された。写真の18KRGケースの他、18KWGケース(当時価格290万円:税抜き)もあり、合計30本を生産。なお16年の後半からは、同仕様のダイアルをアラビックインデックスに改めた「テフヌート36」が、ワールドワイドモデルに加わった。
[2016. 11]ベヌー・ピュア ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.201.0)。20石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41mm、厚さ11.35mm)。3気圧防水。限定数20本。当時価格180万円(税抜き)。
創業当時から変わらず、年産数の上限を約1000本と規定しているモリッツ・グロスマン。しかしそれは目標値に過ぎず、2015年当時の年産数は200本程度に留まっていた。そのため機械的に完璧な時計でありながら、よりスタンダードな仕上げを前提に開発されたのがCal.201.0を搭載する「アトゥム・ピュア」(2016年)だった。平ヒゲ仕様の同ムーブメントには、新型の可動ヒゲ持ちを導入。極低圧サンドブラストによる地板や受けの仕上げは、19世紀のグラスヒュッテスタンダードを思わせるものになった。
同年11月に登場した日本限定の「ベヌー・ピュア」は、初代の意匠を復刻しつつ、同社初のブラックダイアルを導入。このミリタリー調のルックスは、ムーブメントの仕上げから着想を得た“オールドロンジンのオマージュ”だという。ダイアル素材も通常のピュアと異なり、真鍮から純銀となっている。
[2017. 05]アトゥム・エナメル ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.100.1)。20石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KRGケース(直径41mm、厚さ11.35mm)。3気圧防水。限定数7本。当時価格410万円(税抜き)。
2017年3月に世界限定として発表された「アトゥム・エナメル」。名窯ドンツェ・カドランの手による純白のグランフーを奢ったこのモデルは、アトゥム由来のランセット針をそのままに、インデックスが正統派のローマン書体とされていた。ここから分針のカウンターウェイトを廃し(客注による例外も複数本あり)、特別色を別注したものが、同年5月発表の「アトゥム・エナメル ジャパンリミテッド」だ。
18KWGケース用はアイボリーエナメル、18KRGケース用はさらに色調の深いクリームエナメルで、イメージソースとなったのはパテック フィリップのRef.2526、通称トロピカルだろう。おそらく10枚程度の極少ロットでの試作を経て、そのうち各7枚が製品版となった。前例のない色味だけに、ダイアルの平滑さに関しては世界限定版のホワイトエナメルに及ばないが、独特な柚肌感がかえって雰囲気を盛り上げる。
手巻き(Cal.100.1)。20石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KWGケース(直径41mm、厚さ11.35mm)。3気圧防水。限定数7本。当時価格440万円(税抜き)
エナメルダイアルの製造工程
名窯ドンツェ・カドランによるグランフー・エナメルの製造工程。一連の写真は最も一般的なホワイトエナメルのものだが、特注色のクリームやアイボリーでも大きな差はない。ただし、同時に多くの枚数を焼くホワイトエナメルの場合は、巨大な乳鉢を使って釉薬の粒状性を整えるため、焼き上がりの表面も比較的平滑になりやすいようだ。もちろん焼く色に対する経験値の差、つまり釉薬そのものの特性に対する経験値の差も大きく影響してくるだろう。
ドンツェ・カドランでは古式ゆかしい銅板をダイアルエボーシュとして用いるため、高温焼成直後のダイアルは大きく波打っている。それを木炭で平滑に均す過程でも、ダイアル表面に独特な柚肌感が残る。ドンツェ・カドラン製のエナメルダイアルは、単色の場合には表面を研ぐことをしないので、高温焼成から冷却過程で生まれる質感が、そのまま表面に残ることになる。
日本市場からの提案で実現した2本のワールドワイドモデル
新生モリッツ・グロスマンの個性を牽引した、初代主任設計者のイェンス・シュナイダー。氏の在職中、最後に手掛けたムーブメントが2代目テフヌート用のCal.102.1だった。初代Cal.102.0の繊細な造形美に対して、2代目の仕様はいかにも質実剛健。まさに“クライネ・グロスマン”とも呼ぶべき性格に仕上がっていた。2017年にCal.102.1が発表されるとすぐ、新たなジャパンリミテッドの企画が起ち上がる。それは実際に“小さなベヌー”と“小さなアトゥム”を製作してしまおうというものだった。
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KRGケース(直径37mm、厚さ9.2mm)。3気圧防水。2018年4月~9月末までの限定受注生産。当時価格320万円(税抜き)。
このプランは開発中にワールドワイドモデルへと企画変更され、翌18年に「ベヌー 37」「アトゥム 37」として正式発表されるのだが、日本からの発注分のみ、期間限定で「テフヌート・スリーピングビューティー」用をアレンジした、スケルトン針(写真)がオーダー可能だった。2019年に発表された「コーナーストーン」も、企画の発端は日本市場からのリクエストだった。
手巻き(Cal.102.3)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWGケース(縦46.6×横29.5mm、厚さ9.76mm)。3気圧防水。610万5000円(税込み)。
[2020. 07]コーナーストーン ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.102.3)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(縦46.6×横29.5mm、厚さ9.76mm)。3気圧防水。限定数3本(ブティック専売モデル)。当時価格330万円(税抜き)。
日本からのリクエストによる“初の新規開発”となった角型ムーブメント搭載の「コーナーストーン」。企画自体は2016年末から始まり、約2年の開発期間を経て、19年3月のジャパンロードショーで初披露された。
その日本由来のレクタンギュラーモデルをベースとしたジャパンリミテッドは翌20年7月に完成。限定数が3本と極端に少ないのは、オリジナルモデルの開発過程で試作されたスティールケースを用いたため。もちろん試作品が製品版に流用されることなど異例中の異例で、ジャパンスタッフ側も「ダメ元のオーダーだった」と語っている。ダイアルは同じくドンツェ・カドラン製のホワイトエナメルで、落ち着いた色味のブルーレターを採用。これに合わせてテンパー針の焼き色も、完全なブルースティールとされている。完成した3本は、すべてブティックのみで販売された。
[2021. 07]ベヌー 37 ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.102.1)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径37mm、厚さ9.2mm)。3気圧防水。限定数各2本。当時価格260万円(税抜き)。
モリッツ・グロスマン(グロスマン・ウーレン社)の創業12周年を記念する「Ⅻ バースデーエディション」(2020年/世界限定計12本)に採用されたシルバーフリクションダイアル。グラスヒュッテ近郊に住む老職人が手掛けるこのダイアルは、18〜19世紀のクロックなどに多く用いられていた、真鍮のベースに銀粉を擦り付ける「銀磨き」の手法で作られていた。
この風情に惚れ込んだジャパンスタッフは、すぐさまジャパンリミテッドの企画を打診。『REVOLUTION』誌や『THE RAKE』誌の創業者であるウェイ・コーが別注していた「ベヌー 37」のスティールケース(エナメルダイアルで8本製作)を7本分のみ確保し、それをマット仕上げに改めた。ジャパンリミテッドとして完成したのはその内の4本で、針は「パワーリザーブ・ヴィンテージ」などでお馴染みとなっていったヴィンテージ針が採用された。
[2022. 02]セントラルセコンド ジャパンリミテッド
手巻き(Cal.100.11)。22石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.0mm)。3気圧防水。限定数3本(ブティック専売モデル)。当時価格350万円(税抜き)。
古式ゆかしい出車式インダイレクトセンターセコンドのCal.100.11を搭載する「セントラルセコンド」(2021年初出)。これをベースとするジャパンリミテッドは翌22年2月に発表された。それまでセントラルセコンドは、色鮮やかなダイアルで展開される例が多かったが、本機では一転してマットブラック地にアラビックインデックスを採用。顔だけを見れば16年に発表された「ベヌー・ピュア」の兄弟機といった風情だが、本作ではスティールケース全体にブラッシュ仕上げを施すことで、よりシンプルなテイストを強調。
一方ムーブメントの仕上げは従来と同様(この時点でピュアは廃番)なので、ケースバック側の表情は一気に芳醇なものに。機構自体もかなり秀逸で、出車を適正位置に置くため3番車の位置を変更して同軸に配置。さらに秒カナ付け根には専用ローラーを配し、その溝に規制バネを沿わせている。
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