ランゲ1の全構成部品。左側は内装用、右側は外装用である。一見少なく感じるが、これはすべてのサブアッセンブリーを済ませた段階。実際の部品点数ははるかに多い。ただランゲ1が高い信頼性を謳われるに至った背景には、優れた工作精度はもちろんのこと、コンパクトな輪列や構成部品の少ないアウトサイズデイトのような、クレバーな設計があることも否定できない。なお、すべての部品を二度組みするのが、A.ランゲ&ゾーネの伝統である。

静かに、しかし着実に派生モデルを加え続けるランゲ1ファミリー

1994年当時のA.ランゲ&ゾーネが、ランゲ1の拡張性を理解していたとは思えない。
しかし大きな文字盤とムーブメントを持つランゲ1は、バリエーションの追加にもっとも適したモデルであった。
以降、ランゲ1には、様々な文字盤や、機構違いが加わることとなる。ランゲ1は今や多彩なモデルを持つに至った。

ランゲ1・デイマティック

ランゲ1・デイマティック
Ref.320.032。長年A.ランゲ&ゾーネは、自動巻き機構にジャガー・ルクルト風のスイッチングロッカーを採用していた。しかしCal.L021.1はコンパクトな片巻き上げ。R&D部のアントニー・デ・ハスは「不動作角が小さいため、デスクワーカーにも向いている」と理由を説明する。ローターの保持部にベアリングを持たないが、回転も実にスムーズだ。18KPG。431万円。
ランゲ1・デイマティック

ランゲ1・デイマティック
Ref.320.021。2010年初出。ランゲ1初の、自動巻きを搭載したモデルである。輪列の一部を新型1815から転用することで、テンワは極めて大きな慣性モーメントを持つ。またスワンネック状の部品を持つが、フリースプラング化されている。装着感を含め、非常に完成度の高い時計。Cal.L021.1。67石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KYG(直径39.5mm)。30m防水。431万円。

 ランゲ1のバリエーションは大きく6つに分けられる。すでに説明したとおり、「グランド・ランゲ1」(2003年)と、左右を反転させた「デイマティック」(09年)。この2モデルは大きく言えば、オリジナルのサイズ違いである。追加機構を持つのは、2000年にリリースされた「ランゲ1・トゥールビヨン」と02年の「ムーンフェイズ」、そして08年の「タイムゾーン」の3本である。文字盤違いはかなり多く、これを加えると、ランゲ1のコレクションは膨大なものとなる。

 1994年10月に発表されたランゲ1。文字盤の手直しを受け、意匠が一通りの完成を見たのは97年前後である。以降同社は、外装の改良に取り組み続けた。最初の試みが、ケース素材である。1997年のリファレンス101.011はケースに初めてピンクゴールドを採用したモデルであった。

ランゲ1・ タイムゾーン
Ref.116.032。ルイ・コティエを思わせるワールドタイマー。8時位置のボタンを押すことで、各都市の時間を瞬時に表示できる。また8時位置のボタンを押しながらリュウズを回すことで、サマータイムにも対応する。視認性と操作性に優れる、A.ランゲ&ゾーネらしいワールドタイマーだ。手巻き(Cal.L031.1)。54石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径41.9mm)。30m防水。493万円

 読者の皆さんがご存じの通り、ランゲは地板と受けの素材に、素の洋銀を使っている。メッキをかけないため、酸化によって表面に被膜が生じ、徐々に色が変わっていく。あえて経年変化を起こさせるため、ランゲは意図的にメッキをかけないが、反面ケースに対しては、面白いことに、むしろ酸化を目立たせないよう心がけている。

 101.011が採用したピンクゴールドは、銅の含有量を高めて、赤みを強調した素材である。そのためホワイトゴールドやイエローゴールドより酸化しやすく、赤さびが生じがちだ。とりわけサテン仕上げを施した箇所は、より酸化が目立つ。97年以降、99年までのピンクゴールドケースは、側面がほぼサテン仕上げであった。しかし以降はすべてポリッシュ仕上げに変更された。赤さびは生じるものの、サテンより目立ちにくい上、除去も容易だ。赤さび対策としてポリッシュ仕上げを採用するメーカーは、おそらくランゲ以外存在しないのではないか。

 

ランゲ1・ムーンフェイズ
Ref.109.025。右モデルの素材違い。一貫して夜光塗料を好まない印象を与えるA.ランゲ&ゾーネだが、このモデルにはインデックスと針に蓄光塗料(スーパールミノヴァ)を盛っている。暗がりから月を見る状況を考慮したためだろうか。意外なことに「ランゲ1・ルミナス」(2003年)よりも夜光塗料の採用は早い。文字盤の仕上げも、既存モデルと若干異なる。Pt。572万円。

ランゲ1・ムーンフェイズ
Ref.109.032。2002年初出。スモールセコンドの同軸にムーンフェイズを重ねたモデルである。日の裏車から4枚の中間車を介してムーンフェイズを駆動するが、設計が巧みなため、ムーブメントの厚みはランゲ1と変わらない。122.6年で1日しか狂わない極めて精密な月齢表示を持つ。手巻き(Cal. L901.5)。54石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPG(直径38.5mm)。30m防水。428万円。

 外装の改良に取り組むかたわら、ランゲはこのモデルに新機構を追加した。2000年発表の「ランゲ1・トゥールビヨン」は、2番車以降の輪列を一新することで、トゥールビヨンの搭載に成功したモデルである。通常、輪列の改造は大変な手間がかかる。しかしランゲ1の駆動輪列はとてもコンパクトで、スモールセコンド用の追加輪列と、もうひとつ香箱を加えても、なおムーブメントの余白は大きかった。あくまで推測に過ぎないが、仮にムーブメントにこれほどの余白がなかったなら、ランゲの設計陣は付加機構の追加に対して、首を縦に振らなかったのではないか。以降、付加機構を載せたランゲ1が、トゥールビヨンに似た設計を持つのも、決して偶然ではない。

 まずは02年に発表された「ムーンフェイズ」。これは日の裏車から4枚の中間車を噛ませることで、秒針と同軸状にあるムーンフェイズを駆動するものだ。月齢表示に122.6年に一度という高精度(一日に月齢は1.9秒しか狂わない)を与えられた理由は、中間車をより多く持つことができたためである。

 いっそう巧妙な設計を持つのは、「タイムゾーン」だろう。これは2番車から動力を分岐し、文字盤側5時位置にある第2時間帯の針を駆動するものだ。普通のランゲ1では、秒針を駆動するための輪列が埋め込まれた部分に、日の裏車や、ナイト&デイ表示を駆動する中間車を収めている。ムーブメントの余白を生かした、賢明な設計ではないか。

ただバリエーションが増えたと言っても、ランゲ1の個性であるアシンメトリーな意匠と、文字盤中心に見え隠れする正三角形の組み合わせは、94年の第1作にまったく変わりない。デザインのバランスを変えずに、バリエーションのみを増やす。A.ランゲ&ゾーネが、非凡なメーカーである所以だろう。