IWC/パイロット・ウォッチ

堅実なる進化を遂げた新生パイロット・ウォッチ

マークXVIIの発表に伴い、パイロット・ウォッチコレクションは大きな刷新を受けた。
既存コレクションの“クラシックシリーズ”に加え、上位グレードとして「トップガン」を拡充。
自社製ムーブメントを載せた「スピットファイア」も加わった。その概要を見ていくことにしよう。

BIG PILOT’S WATCH Ref.IW5009 [2012]

ビッグ・パイロット・ウォッチ
Cal.5000系の改良版である、Cal.51 111を搭載する現行モデル。振動数の向上と、フリースプラング化が図られている。自動巻き。44石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約7日間。SS(直径46mm)。6気圧防水。耐磁ケース。162万円。

インデックスのフォントは「ユンカースJu52」の計器から引用したもの。併せて文字盤の下地処理も変更された。従来と同じブラスト処理だが、若干目が細かくなり、ミリタリーウォッチらしさを減じた。

黒く染められた時分針と「モダン」に改められた秒針。秒針の造形は平板になったが、荒れた文字盤と揃えるためか、マークXV同様、ツヤ消しの白が施された。仔細に見ると、塗料の粒子を荒らしているのが分かる。

 現行パイロット・ウォッチのデザインは、マークXVIのそれを踏襲している。「ユンカースJu52」の計器盤に範を取ったそのダイアルは、既存のマークシリーズとも、かつてのビッグ・パイロットとも異なるニュアンスを持つ。正直、好みは分かれるだろう。しかし新生パイロット・ウォッチが、従来に増して質感を上げたことは間違いない。

 かつて筆者は、マークXVIIの新型ブレスレットを評して「コストを下げた」と記した。しかしデザイナーのクリスチャン・クヌープ氏は、その認識の違いを次のように指摘した。

 「旧型のブレスレットはハードに過ぎたので、ソフトに改めました。正直に言って、製造コストは旧型よりもかかっていますね」

 また彼は、ブレスレットとケースをつなぐ弓管の加工精度も強調した。「以前は平面に加工していましたが、新型は3Dになっています。立体的な造形を与えたいためですね」。こういった説明を受けずとも、ケースの12時位置と6時位置を見れば、質の向上は理解できる。現在IWCでは、ラグの内側とベルトに接触する上下方向のケース外周を切削している。仕上げ自体は従来に同じだが、例えばマークXVと比較すると、加工精度は大きく上がり、エッジが残るようになった。

ケースバックの形状はRef.5002と同じだが、ケースの加工精度は全体的に向上した。ただしケミカルエッチングで仕上げた刻印は、従来のものに比べてやや浅い。時計の質感が向上しているだけに、惜しいポイントだ。

12時側から見たケース下面。Ref.5002の写真と比較すると、ラグの内側や、ベルトの付け根周辺のエッジがいっそう立っているのが分かる。またケース自体の造形も若干異なっている。細かい進化が分かるポイントだ。

ビッグ・パイロット・ウォッチ・パーペチュアル・カレンダー “トップガン”
軽量さを誇るトップガンのフラッグシップ。改良が施された永久カレンダーは、精度に優れるうえ、耐衝撃性も高い。自動巻き(Cal.51614)。62石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約7日間。セラミックス×Ti(直径48mm)。6気圧防水。414万円。

ビッグ・パイロット・ウォッチ
“トップガン”

セラミックスケースを持つ「トップガン」。かつては刻印をケースサイドに施していたが、現在はケースバックのみ。過剰さを好まない愛好家には、歓迎すべき改良だろう。現行のIWCらしく、外装の仕上げは大変に良好である。スペックなどは右モデルに同じ。167万円。

 パイロット・ウォッチを特徴付ける、急減圧に耐える2ピースケースは全モデルに共通。また、耐磁インナーケースは〝クラシックライン〟の全機と〝トップガン〟のクロノグラフが受け継ぐ。もし意匠が好みならば、という但し書き付きでだが、実用性と高品質を両立した新しいパイロット・ウォッチは、この価格帯における素晴らしい選択肢となるだろう。とりわけ自社製ムーブメントを搭載した「スピットファイア」は、現行パイロット・ウォッチの特徴とも言える高精度と良質な作りこみを、いっそう強調している。

ビッグ・パイロット・ウォッチ“トップガン・ミラマー”
ミラマーの別バージョン。直径48mmもあるが、軽量なセラミックスケースが優れた装着感をもたらした。搭載ムーブメントは、名機Cal. 51111。自動巻き。42石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約7日間。セラミックス×Ti。6気圧防水。167万円。

パイロット・ウォッチ・クロノグラフ“トップガン・ミラマー”
「トップガン」に加わった新モデル。既存のコレクションと異なり、クラシカルな要素を強調している。自動巻き(Cal.89365)。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。セラミックス×Ti(直径46mm)。6気圧防水。耐磁ケース。136万5000円。

 IWCという会社は、ムーブメントに細かく小改良を加えてきた。自社製ではもちろん、汎用エボーシュベースのムーブメントも同様である。こういったIWCの姿勢を知る最も優れたサンプルが「ビッグ・パイロット」だろう。

 2002年に発表されたキャリバー5011は、5000系の弱点を入念に改良したものだった。優れた精度と等時性に加え、高い耐久性を持つこの新型自動巻きは、21世紀の「航空用クロノメーター」に相応しい完成度を備えていた。しかしIWCの技術陣にはまだ不満があったらしい。

パイロット・ウォッチ・ワールドタイマー
ルイ・コティエ型のワールドタイマー。文字盤の開口部は大きくなったが、軟鉄製のインナーケースにより高い耐磁性能を誇る。自動巻き(Cal.30750)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SS(直径45mm)。6気圧防水。91万円。

パイロット・ウォッチ・ダブル・クロノグラフ
スプリットセコンドクロノグラフ。搭載するCal. 79420は、現行スプリットの中で最も信頼性が高いもののひとつだ。自動巻き。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間。SS(直径46mm)。6気圧防水。耐磁ケース。108万円。

 キャリバー5000系は、シングルバレルで長いパワーリザーブを持っている。マルチバレルにしなかった理由をクルト・クラウス氏は「香箱部分の輪列に問題が生じやすいため」と説明する。しかしひとつの香箱に強いゼンマイを収めた結果、トルクの出力は不安定になった。5011ではトルクの出方を抑えることに成功したが、まだ余剰がある。

 そこでIWCの技術陣は、テンプの振動数を向上させ、併せてフリースプラング化を行った。05年のことである。この精度向上に対する極めて有効な改良によって、キャリバー5000系は完成したと言って間違いない。だが面白いことに、他のムーブメントに対する改良同様、IWCはこうした改良のアナウンスを一切行わなかった。

スピットファイア・クロノグラフ
自社製のCal.89365を搭載したコレクション。従来のクラシックラインとは、文字盤の造形も異なる。現行IWCらしく、実物の質感は写真以上に良好だ。自動巻き。35石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。SS(直径43mm)。6気圧防水。114万円。

スピットファイア・パーペチュアル・カレンダー・デジタル・デイト/マンス
ダ・ヴィンチ用のCal.89800を転用したモデル。視認性に大変優れている。しかし裏側からムーブメントを見せるため、耐磁性能は省かれた。自動巻き。52石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。18KRG(直径46mm)。6気圧防水。602万5000円。

 なお本誌09年3月号で、筆者は新しいビッグ・パイロットの精度テストを担当した。結果は見事なもので、10日間の平均日差はたったの+2.9秒だった。かつて筆者が所有していたキャリバー5000系も優れた精度を持っていたが、このムーブメントはそれ以上であり、同時にテストしたロングパワーリザーブ機では最良であった。刷新された外観を持つ現行ビッグ・パイロット。しかし本当に注目すべきは、その中身なのである。

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