ビエンヌの新たなるムーブメント製造拠点
すべてを集約化した一大工場へ
2012年10月16日、ロレックス・ビエンヌに新しい工場が完成した。それは今までのムーブメント生産設備をすべて集約した一大工場である。生産設備の自動化を進めてきたロレックスだが、この新工場では、いっそうの自動化が進められた。
1990年代半ばから進んだ、ロレックスの経営統合。その頂点がムーブメントの製造を行ってきたロレックス・ビエンヌ、正しくは「マニュファクチュール・デ・モントレ・ロレックスSA」の吸収合併であった。
創業者であるハンス・ウイルスドルフはかつてこう語った。「ケースはジュネーブの人々の洗練されたセンスに合わせてジュネーブで自社製造し、ビエンヌの工場にはムーブメントの製造だけを任せたい」。
ウイルスドルフは、ロレックスのムーブメント製造を、ビエンヌのムーブメントメーカーであるエグラー社に委託した。同社は36年に社名を「マニュファクチュール・デ・モントレ・ロレックスSA」に改称。しかしロレックス・ジュネーブとの間に資本関係はなく、あくまで業務委託という関係に留まり続けた。
しかし2004年、当時ロレックス・ジュネーブのCEOであったパトリック・ハイニガーにより、ロレックス・ビエンヌはついにロレックス・ジュネーブに統合される。その成果は、「ヨットマスターⅡ」や「スカイドゥエラー」という、かつて想像もできなかった製品群に見て取れよう。
ビエンヌ工房のイニシアチブを握ったジュネーブは、ムーブメントだけでなく製造拠点にも手を加えた。現時点におけるその解が、2012年10月16日に落成した、新しいムーブメント製造施設である。
「1990年代中頃より開始した垂直統合と、類を見ない製造施設により、ロレックスは独立性と製品の品質を保証し、自信を持って今後の数十年を迎えることができます」。いささか大げさな物言いだが、この製造施設は研究開発などを担うアカシア、ケースとブレスレット製造などを行うプラン・レ・ワット、そしてダイアルの開発などを行うシェーン・ブールに比肩する、類を見ない製造設備のひとつと言えるだろう。
かつてロレックス・ビエンヌの製造施設は4カ所に分かれていた。メインに使われていたのは、ジャン・デ・ブジャン工業地域にある4つの製造施設(ロレックスⅢ、Ⅳ、Ⅴ、Ⅵ)である。後者ふたつは1994年に落成した新工場だったが、スペースの問題により、製造施設を統合するには至らなかった。対してロレックスは、ビエンヌを傘下に収めて間もない2006年にビエンヌ市から用地を購入、09年には新工場の建設に着手した。目的は、長年の悲願であった製造部門の集約である。ちなみに他社の工場も、機械加工と組み立てを一カ所に集めようとしている。しかしロレックス・ビエンヌとは実現のしやすさが違うようだ。現在ロレックス・ビエンヌには、スタンピング(圧縮成形)、熱処理、表面加工といった部門が存在する。他社の場合、こういった部門は省略するか、良くても外注である。すべてを抱えるロレックス・ビエンヌは製造部門が他社に比べてかなり大規模であり、その集約化は難しかったと言える。
新施設の規模は40万㎥。建屋は地上4階、地下3階。床面積は9万2000㎡である。これは時計業界で最大級の工場であり、そのためロレックス・ビエンヌは、すべての生産設備に加えてメンテナンス部門と実験室も集約することができた。工場の規模が大きくなれば、動線が複雑になって生産性は落ちてしまうが、ロレックスは、製造設備全体を結ぶ自動在庫・検索システムを導入した。
ジュネーブにあるロレックスの3カ所の施設(アカシア、プラン・レ・ワット、シェーン・ブール)には、すでに部品の自動在庫・検索システムがある。ロレックスは、ビエンヌの新しい製造施設にもこの設備を導入した。地下には30×27×10mという規模の、部品の保管庫があり、そこには約4万6000以上もの棚がある。棚が管理する部品は、数百万点。これらを14台のコンベアロボットで取り出し、秒速3m(時速約100㎞)で流して目的地に運ぶ。システムの全長は1.2㎞というから、かなり大がかりな仕組みだ。しかしこの配給システムにより、部品を受け渡すための動線は、基本的に不要となった。筆者の知る限り、ここまで大規模な配送システムは他メーカーには存在しない。
この工場の在り方が、どう製品に反映されるのかはまだ未知数だ。というのも、すでにロレックス・ビエンヌの工場は、すでに他社が羨むほど自動化されているからである。しかし新しい製造施設の完成により、生産効率はいっそう向上するはずだし、それが品質の上昇をもたらすことは想像に難くない。12年3月に始まった新施設への引っ越しは、翌13年に完了している。