開発コードナンバー、タイプXX
フランス航空界が求めたリスターティング・クロノグラフ小史

電波航法の普及とインドシナ戦争が後押しした“タイプⅩⅩ”の開発。
様々なメーカーがフランス空軍、および海軍航空隊にタイプⅩⅩ規格のクロノグラフを納入したものの、スタンダードとなったのは、ブレゲとドダネであった。当初はサプライヤーの一社にすぎなかったブレゲが、なぜ後の基準機になったのだろうか。

1st Generation

(左)タイプ トゥエンティ No.1780
1955年に販売された、タイプⅩⅪ仕様の民間向けモデル。ゴールドケースは3点のみの製作といわれる。またブレゲは1960年に、クリーム文字盤のモデルを6点製作した。他にもブラウン文字盤があったとされるが詳細は不明。3時位置の30分積算計は15分刻みである。ブレゲ蔵。

(中)タイプ トゥエンティ No.4100
通称「アエロナバル」。1960年1月13日にフランス海軍に販売された個体。公式なアエロナバルには、裏に000/500という刻印が記されている。またブレゲはCEVのためにも、アエロナバルを製作したといわれる。3時位置は15分積算計。他のスペックは右モデルに同じ。ブレゲ蔵。

(右)タイプ トゥエンティ No.3945
1959年11月23日、アルジェの航空技術協会に販売されたタイプⅩⅪ仕様。3時位置の積算計は15分刻みだが、資料には30分積算計とある。第1世代では珍しく、12時間積算計を併載。手巻き(Cal.222)。17石。1万8000振動/時。SS(直径38mm)。防水ケース。ブレゲ蔵。

 フランス空軍のパイロットウォッチ規格であるタイプⅩⅩとタイプⅩⅪ。タイプⅩⅩの制定は1952年12月26日。これにアワーマーカーを刻んだ回転ベゼルを加えたタイプⅩⅪ規格は、56年4月に制定された。どのメーカーがサプライヤーであったのかについては諸説あるが、そのガイドラインは残されている。

 3時位置と9時位置にインダイアルを備え、そのうちひとつは30分を計測できること。黒文字盤であること。直径は37㎜であること。日差8秒以内であること。クロノグラフの誤差が1分あたり0.2秒以内。クロノグラフ作動時の時計の誤差が30分あたり0.5秒以内。パワーリザーブが35時間以上であること。スタート、ストップ、リセットの動作を故障なく300回以上クリアすることなどである。この規格は穴石の形状(オリーベ+ミ・グラス)や数さえ規定していたが、最も重要な点は、クロノグラフはフライバック付きと規定したことと、そしてクロノグラフの精度を明記していた点にあった。かつてドイツ空軍は、フライバック付きのクロノグラフを電波航法に使用。これは電波航法の広まりに伴い、いっそう有用な手段になった。高価なタイプⅩⅩが、後に最新鋭のミラージュを装備した部隊に、優先的に割り当てられた理由だろう。

1930年代に製作された、航空機用のクロノスコープ。20年代以降、ブレゲの所有者となったブラウン家は、航空計器の納入も行うようになった。このときの航空業界との関わりが、やがてタイプⅩⅩの製作に生きてくることになる。

2nd Generation

タイプ トゥエンティ No.21122
1973年に販売された民間向けのモデル。ベークライト製の回転ベゼルを持つ。基本スペックは既存のタイプⅩⅩに同じだが、ラグの形状が異なるほか、直径が40.7mmに拡大されている。なお1960年代後半から、ブレゲではタイプ「20」ではなく、「ⅩⅩ」と称するようになる。ブレゲ蔵。

3rd Generation

タイプ トゥエンティ アエロナバル Ref.3800
1995年初出。旧ヌーヴェル・レマニア(現ブレゲ)製のCal.582を搭載した、初の民間用モデルである。オリジナル同様、フライバック機構を備える。自動巻き。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS(直径39.5mm)。100m防水(最初期型は200m防水)。118万円。

 現在タイプⅩⅩという規格は、ブレゲと同義と見なされているし、しばしば、ブレゲが開発した航空機の次番号(タイプⅩⅨという機体を製造していた)が開発コードに割り当てられたという説さえ見かけることがある。しかしこの時代、フランス空軍がクロックにタイプⅪやⅫという番号を用いていたことを考えれば、これは誤解だろう。

 ブレゲがフランス航空試験所(CEV)に腕時計クロノグラフを提出したのは、50年のこと。以降、ブレゲはいくつかのプロトタイプを製作したが、製品を納入したのはインドシナ戦争が終結した54年であった。その意匠はヴィクサに酷似していたが、搭載したのはハンハルトのエボーシュではなく、バルジュー22をフライバック化したキャリバー222であった。なぜバルジューを選択したのか? ブレゲに限って言うならば、ケース製造に携わった(組み立ても請け負ったという説もある)マセイ・ティソがバルジューを好んだためという推測は成り立つだろう。

 現在アエロナバル(=海軍航空隊)として知られるモデルは58年に登場した。搭載するのは、同じくキャリバー222だが、ムーブメントが軟鉄製の耐磁ケースに収められたほか、3時位置の分積算計が30分から15分に改められている。理由は、離陸前に機体をチェックする時間が15分に定められていたためである。ただし、58年以前にも15分積算計を備えた個体があるため、アエロナバル=15分積算計付きとは断言できない。

フランス空軍はコクピット用のクロノグラフにも公的規格を設けた。フライバックの付かないクロノグラフがタイプⅪ、フライバック付きがタイプⅫである。搭載するのはレマニア製のCal.551。優れた性能により、このモデルは15カ国に輸出された。


4th Generation

 タイプⅩⅩとタイプⅩⅪは、ブレゲに由来する規格ではないし、ブレゲは規格の先駆けでさえなかった。ただしこれらの規格が、ブレゲやドダネの仕様に収斂していったことは事実である。ヴィクサが搭載するハンハルトには耐震装置がなく、また修理コストもかさんだ。アウリコストが載せたレマニアも耐震装置がなく、直径が15ハーフリーニュもあったため、防水ケースに収めることは難しかった。ブレゲが用いた222は耐震装置を備えていなかったが、堅牢なうえ、維持費も比較的安価であったとされる。バルジューを採用したブレゲとドダネが、この軍用規格のスタンダードになったのは当然だろう。

タイプ トゥエンティ トランスアトランティック Ref.3820
いわば第3世代のタイプⅩⅩの高級版。第3世代にカレンダーを加えたCal.582Q(=レマニア1372)を搭載したモデルである。ファイブミニッツインデックスや時分針が18Kゴールドに変更されたほか、文字盤もわずかにグロス仕上げになった。基本スペックは第3世代に同じ。115万円。

 しかしブレゲは、タイプⅩⅪのサプライヤーには選ばれず、主にドダネが担当した。このためブレゲは、軍にはタイプⅩⅪ仕様のパイロットウォッチを納入しておらず、民間企業や一般向けに販売されることがほとんどだった。また軍用クロノグラフの需要自体も、50年代に比べてずっと減少していたのだ。70年代以降もブレゲはタイプXXの生産を続けたが、やはりその多くは民間向けであった。資料によると、バルジューを搭載したタイプXXは80年頃まで生産され、最後の個体は89年に販売されたとある。

5st Generation

タイプ トゥエンティワン Ref.3810
右モデルのレザーストラップ仕様。見た目の好みは分かれるだろうが、センターに60分積算計(これもフライバックする)を備えたこのモデルは、タイプⅩⅩより実用性に富む。タイプⅩⅩに比べて厚みは若干増したが、装着感は決して悪くない。スペックは右モデルに同じ。128万円。

タイプ トゥエンティワン Ref.3810
タイプⅩⅩの改良版。60分の積算計をセンター同軸配置に改めたほか、直径も42mmに拡大された。併せて3時位置には昼夜表示が付くようになった。2004年初出。自動巻き(Cal.584Q)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約48時間。SS。100m防水。145万円。

 タイプXXが復活したのは、95年のことである。搭載したのは、ヌーヴェル・レマニアの自動巻きクロノグラフをフライバック化したキャリバー582。98年には日付表示を備えた「トランスアトランティック」も加わった。2004年には、センター積算計と昼夜表示を備えた「タイプXXI」を追加。10年には7万2000振動の「タイプXXII」に進化している。

 先に述べたとおり、当初のブレゲはタイプXXのサプライヤーの一社でしかなかった。しかし、バルジューのタフネスさとともに、やがてブレゲはこの規格の基準機となった。そして半世紀後、フライバックと高精度を要求したタイプXX規格は、ブレゲと同義語になったのである。

左が最新鋭のタイプⅩⅩⅡ、右がタイプⅩⅩのケース。センター積算計の採用に伴い、ⅩⅩⅠ以降はムーブメントの厚みが若干増した。そのためケース厚は、タイプⅩⅩの14.40mmに対して、ⅩⅩⅠは15.20mm、ⅩⅩⅡは18.05mmとなる。対してブレゲは、ラグを大きく湾曲させて装着感の改善に努めた。またストラップを強固に固定するため、タイプⅩⅩⅡのケースには、ストラップと噛み合うための「タメ」が設けられた。ブレゲらしい、きめの細かなモディファイだ。